元々頭が凄く良いのだろう(知能的な意味で)。

 洗濯同様、一週間後には、人並みに美味い料理を作れるようになった。

 雅が起きる時間に合わせて、ムスッとした顔できちんとエプロンを着け、鮭の塩焼きだったり、フレンチトーストだったりを作って待っている。

 雅はようやく訪れた『召使い』の居る生活に、これまでの苦労が報われたような達成感を覚えていた。

(重荷や負担やったのが嘘みたいや。)

 鷹が泡風呂にした浴槽に浸かって、鷹が勝手に買ってきたアヒルの玩具で水を吹く。

(まだまだ改善点はいっぱいやけどな。)

 これから、掃除もきちんと教えよう。あとは、そうだな、言葉遣いかな。鷹ならきっと、一か月経てば完璧になるだろう。

(いっかげつ。)

 何気なく思った、その期間。一か月後。それは、鷹との日々が、終盤へと向かっている頃。

(そうや、あいつは、居なくなるんや。)

 アヒルが間抜けに、ぴゅうと鳴る。

 寂しいとか、そういうわけではなく、ただそのことを忘れていた自分に驚いた。

 心のどこか、わりと大き目なところで、鷹はこれからずっと居るような、そんな気がしていたのだ。

(なにが目的かもわからんのに、ずっといるとか、そんなん、まっぴらごめんや。)

 誰に対してかわからない言い訳をしながら、雅は浴室から出た。

 いつものようにドライヤーで髪を乾かそうとしたとき、ポケットに『レイレイのチョコ』が入っているのに気付いた。廊下に落ちているのを拾ったのだ。

 レイレイのチョコは『チョコと言えばレイレイ』と言われるほど大人気のもので、超甘党な佐助がいつも持ち歩いていたから、雅もよく知っていた。

 鷹の大好物らしく、買い物のたびに買ってくる。それを雅が食べたものなら、結構本気で怒られるのだ。召使いのくせに。

(バレる前に、戻さな。)

 雅が風呂に入っている間、鷹は押入れに居るか、テレビを観ている。

 レイレイのチョコはいつも、冷蔵庫の横のお菓子の缶の中に入っているから、こっそりリビングの様子を見て、押入れに居るようだったら、チョコを戻そう。

(鷹は……よし、押入れや。)

 濡れたままの頭にタオルを巻いて、忍び足でリビングへと入る。

 缶にチョコを戻そうとしたとき、押入れから鷹の声が、聞こえた。


「うん、うん……大丈夫、上手くやってる。」


 心臓が、跳ねる。

「大丈夫。烏田雅は、気付いてない。」

 通信、している。恐らくあのチョコ型通信機で、チノメアを名乗るところと。

「うん、目的は、達成できそう。」

 目的。やっぱり、自分にバレないように、なにかを遂行しているのだ。

「きちんとやり遂げるから。大丈夫。二カ月で、ちゃんと、終わらせる。」

 終わる。鷹は、なにかを終わらせようとしている。

「安心して。チノメアのこと、ちゃんと、内緒にしているから。」

「!」

「烏田雅は、僕がチノメアだって、信じてもいないから、大丈夫。チノメアの情報が洩れる心配は、ないよ。」

 雅は息を飲んだ。

「じゃあ、またね。」

「!」

 鷹が動き出す音が聞こえて、慌ててリビングを出た。

 心臓が、バクバクと鳴っている。

(チノメア。)

 何故だろうか。雅は、心のどこかで、嘘であってくれと、願っていたんだ。

(本当の、チノメア。)

 自分がこの先、生きていくには、それは願ってもみないことなのに。

(鷹は、本当のチノメア。)

 雅の心は、どうしてか、喜びとかけ離れたところにいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る