3
「もう洗濯はプロやな。すごいすごい。」
「あたりまえだ。」
「せやなぁ。この調子で他も覚えてくれたら嬉しいんやけど。」
雅は目線を、鷹から、ボロボロになった掃除機に移す。鷹は露骨にそっぽを向いて、曇りガラスの小窓を見ながら「よいてんき。」と呟いた。
「でもな、洗濯も最初絶望的やったやん。他も教えたら出来るようになるんかな。」
「できる。」
「言うたな。」
今のところ、チノメア宛の領収書は半分が修繕費だ。その次が食費。デザートを所望する召使いのせいで、前金五万は早くも消えそうだ。三食全てコンビニなのも、高くついている。
「……。」
鷹は生誕十三年の十二歳。成長期だ。栄養が偏るコンビニ食品は体に良くない。大雑把に見て150cmくらいか。平均はわからないけれど、高くはないだろう。同じ年頃に雅は栄養だけしか考えていないご飯を食べていたおかげで、現在178cmまで身長が伸びた。この頃の食事は、結構重要だ。
「じゃ、次は料理やってもらえたら嬉しいな。」
「まかせろ。」
何故か毎回自信満々だけれど、鷹はフライパンと卵だけで未確認生物を作り出せる錬金術師だから、放っておいても自分が半泣きでゴム手袋とゴミ箱で処理をするハメになる。洗濯のように、全て基礎から叩きこむ必要がある。仕方ない。
「食材ないから、買い物行くわ。」
部屋がバレる危険性があるから、本当に近所以外は外出を避けたかったのだけれど、冷蔵庫には最早鶏になっても可笑しくない卵や純粋な白米しか買ったことがないのにどう見ても黒米くらいしかない。一度スーパーに行かなくては。
「行く。」
「え。」
「僕も、買い物。」
ぎゅっと手をグーにして、やる気いっぱいな鷹。雅のヘラァっとした笑顔が、風に流されそうになる。嫌。その一文字が、脳みそにへばりついた。鷹のやる気ほどいらないやる気はない。けれど、鷹に買い物を覚えさせたら外出を控えることが出来る。それは正直、かなり助かる。どのみち気の進まない外出なのだから、面倒は一気に済ませよう。胃に空く穴は一度で充分だ。
「したら、行こうか。」
帽子とサングラスにマスク、というお決まりの変装を準備しながら、ふと、洗濯機の横にある洗面台を見つめた。
鏡に映る自分の右目。その下には、目と同じくらいの大きさの、傷跡がある。
(喋り方には突っ込まれたけど、この傷は気にならないんかな。)
忘れはしない。この傷は、七年前。まだこの世界に入ったばかりの頃、人質を庇ってついた傷だ。
(きつねの、おめん。)
雅はその日を、七年たった今も、これから先もずっと、色褪せることなく、思い出すのだ。
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