5
「お前さぁ、」
「鷹。」
「人のことは無茶苦茶な呼び方するくせに、自分はこだわるんか。」
「鷹。」
「はいはい、鷹クンは、十三歳なんやもんな。」
「違う。今年生誕十三周年。年齢は、十月三十一日まで十二だ。」
「……へぇ。」
空になったコンビニ弁当の容器が、雅の手の中でぐしゃっと潰れる。
引きつる笑顔をなんとか崩さないように、「ハロウィン生まれなんやね、素敵っ!」と無理矢理思考を違う方へ向けさせた。
こういうとき、鬼神、あ、いや、尊敬できる兄貴分八藪佐助様による天然メンタル修業が役に立つ。苦労は実を結ぶものだ。
「十二歳かぁ、って、したら学校行かなアカンとちゃうの?」
そういった時代はとうに過ぎて、すっかりと忘れ去っていたけれど、現在世間は『平日』というやつで、『生誕十三周年』というジャンルの人間はたしか、『中学校』に行かなくてはいけないはずだ。
しかし鷹は、昨日も今日もまったく、そのような素振りは見せなかった。よく考えると、その辺りが物凄くダークゾーンな気がするけれど、大丈夫なのだろうか。
「学校は行ってない。行ったことがない。」
「え。」
「問題ない。社長が手配してくれて、卒業資格の手配はバッチリだ。チノメアで既に高校卒業レベルの勉強は学んだ。大丈夫だ。」
雅の心配したところとは若干ずれているけれど、鷹はそう言って、少し誇らしげに鼻を膨らませた。
「そうか……。」
昨日今日と違和感のあった鷹の行動や言動の根本はこれか、と雅は声に出さず納得する。
見た目や年の割に中身が随分幼いのは、それが原因なのだろう。必要以上に他人と接したことがないのだ、きっと。
「……。」
社長。卒業資格。勉強。さりげなく鷹の口から零れたワード。
そこに僅かだけれど、チノメアの本質が見えた。
鷹が特例、という可能性もあるけれど、もしかしたら、チノメアは鷹のような『学校に通っていない子』を『召使い』として配布しているのかもしれない。
召使いがなんたるかをよく理解できていないことを利用しているのか。
だとしたら、雅が言えたことではないが、相当な悪の組織だ。
「お前も、苦労人なんやな。」
「?」
「んー、あー、あれやで、俺が十二のときなんかもう、体空く暇がなかったくらいやで。毎晩毎晩、お呼ばれが止まらんくてなぁ。」
「警察に。」
「お、ん、な、に、や。」
「おんな。」
「あー、学校行っとらんならもしかして、その顔でまだ女知らないとかかぁ。」
「馬鹿にするな、女くらい知ってる。」
鷹はダンッと机を強めに叩いて、「チノメアの半分は、女だ。見たことくらいある。」と続けた。
一拍ほど置いて、雅は頬の内側を噛みながら、もうこの話題はやめようそうしよう、と新たな話題を探した。
「んー、あー、せやせや、寝る場所、うん、寝る場所どうしよか。」
佐助しか知り合いが来ないこの部屋は、当然来客の宿泊に対応していない。布団の予備など無いし、同じベッドで寝るなんて問題外だ。
雅が部屋に誰も入れない理由のひとつに、他人の居る空間で眠れない、というのがある。
もっと言えば、他人が立ち入る部屋で眠りたくない。
寝室という空間には、自分の吐いた空気だけが巡り、自分の鳴らした音だけが響き、自分が発した匂いだけが香る。
そういう場所でなくては、安心して深い眠りに落ちることが出来ないのだ。
以前借りていた部屋は、佐助が寝室に香水をまき散らし、それだけの理由で引っ越したくらい、『寝室』という空間は雅にとって、聖域のような場所だった。リビングや、寝室の前の廊下なんかには平気で脱ぎ散らかしたり喰い散らかしたり出来るのに、寝室にはチリひとつ落ちることを許さなかった。
「俺のベッドシングルやねん。寝室もベッドだけでいっぱいいっぱいやから、リビングしかないんやけど。せや、昨日はどうしたん?ソファ?」
「寝室。」
「え?」
「寝室で、寝た。」
上がっていることが定位置な雅の口角が、重しを乗せられたように下がる。
声が喉で突っかかって、撫でられるようにぶわりと、鳥肌が立った。
(なしてや、鍵、かけてるんに。)
吐きそうだ。体の奥底から、熱を持って冷たい、ぬめぬめとして硬いなにかが、雅の臓器を無理矢理に押し上げて口から出そうとしているような吐き気だ。
思わず口を手で押さえたけれど、鷹はそんな雅などお構いなしに立ち上がって、キッチンと反対側の壁にある、押入れを開けた。
「寝室。」
「……は?」
「寝室。」
入れる物がなくて使っていなかった押入れには、見覚えのない茶色の寝袋が、ひとつ。
「……え。」
「ここ、僕の寝室にした。」
「え、押入れやん。」
「これ、主様が『かどでのおいわい』にくれた、最新型ベッド。持ち運べる。すごい。」
「寝袋やん。」
「最新型ベッドだ。チノメアの誰も持っていなかった。レアもの。」
どや顔で見下してきた鷹に、「ここ俺の部屋やから!」とか「それ押入れで部屋じゃないから!」とか「青色猫型ロボットかお前は!」とか「寝袋て!」とか「騙されとるわ!」とか、とにかくたくさんのツッコミがぐわあぁっと雅の頭に浮かんだけれど、口から零れ落ちたのは、ひとつ。
「俺を主様って呼べや!?」
だった。
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