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「洗濯物はな、こうやって干すと、早く乾くんよ。」
「ん。」
「んで、こういうのは、こうやって畳む。」
「ん。」
「うし。これ片付けたら昼飯やで。」
「ん。」
ぐうぅ、とお腹を鳴らして、鷹の手が途端に早くなった。
「お前、飲み込みがエライ早くてエエわ。すぐに覚えるんね。もう洗濯は任せて大丈夫やな。じゃあ、俺、昼飯買ってくるわ。」
「ん。」
テキパキと洗濯物を畳む鷹の手から、ぴょこっと小指が立つ。ほんのりと頬が赤くなって、相変わらずの仏頂面だけれど、後ろ姿はどこか楽し気に見えた。
雅は財布と携帯だけ持って、近くのコンビニを目指す。レシートを忘れずに、保管しておかなくてはいけない。スーツはクリーニングに持って行って、それもきっちりチノメアに請求だ。
でもまぁ、飲み込みが早いから、辛抱強く教えていけば、すぐに本当の召使いみたく使えるようになるだろう。
(あ、仕事以外で眼鏡かけたの、久しぶりやな。)
かけっぱなしはどうも苦手で、最低限しか使わないようにしていた。
山のような事務仕事をさせられていた頃、佐助がプレゼントしてくれた、度の入っていないパソコン眼鏡だ。
これで仕事が捗るね嬉しいね手が休まる暇がないよね、と散々脅された結果、雅の中で眼鏡はひとつのスイッチとなって、かけることで集中力が高まるようになったのだ。
その代わり、眼鏡着用時は表情筋が強張って言うことを聞かなくなるオマケつきだけれど。
(……よし。)
呪われた眼鏡を外して、自分の頬を軽く叩く。にゅっと口角がいつもの位置に上がって、長めに息を吐いた。コンビニの自動ドアに映る顔は、ちゃんと笑顔だ。
(弁当と、水と、あと、煙草。)
いつものコンビニ。いつも買うものは一緒。弁当。水。煙草。時々ライターと、コンドーム。
「いらっしゃいませー。あ、お兄さん、今日は随分たくさん食べるんだね。ありがとうございまーす。」
「めちゃめちゃお腹空いてなぁ。成長期なんとちゃうんやろかー。」
「ははは、お兄さんせっかく華奢で格好いいんだから、太っちゃだめよー。」
「ホンマやなぁ、メタボリックになってしもうたら大変やわなぁ。」
「あははは、やだぁー。」
「あ、セブンスターひとつ。」
「大丈夫、もう入れてるから。」
「さすがやなぁ。オマケのライターちょうだい。」
「仕方ないなぁ。」
いつもの軽いやり取りで支払いを済ませて、レシートを丁寧に財布に入れる。
(さ、早う帰らな。)
誰かが待っている部屋に帰るのは、どれくらいぶりだろうか。
あの部屋は、たとえ恋人でも教えたことがない。八藪組でも佐助しか知らない、特別な空間だった。自ら望んでそうしたのだから当たり前なのだけれど、寂しさは拭えなかった。
(誰も入れたくなかったんやけどな、ホンマに。)
説明できない自分の気持ちを有耶無耶に誤魔化しながら、足早に部屋を目指す。
コンビニ弁当、お子様が好きそうなチーズハンバーグ弁当にしたから、少しは笑ってくれるだろうか。
せっかく綺麗な顔なのだから、もう少し笑ってくれたらいいのに。
そうしたら、俺は、
「ただい……、」
「!」
開きっぱなしのリビングのドアから見えた、中。
鷹が、捨てたはずのパン(未開封だけれど、賞味期限切れ)を銜えて、立ち尽くす。
「お……おにゃか、ひゅいた……。」
「っぁああもう!チーズハンバーグ買ってきたから!ペッしなさいペッ!」
「これぼくの。」
「うるさいっ!」
べしべしと鷹の背中を叩きながら、この俺が一日、いや、半日で二度も「うるさい」と声を荒げたことを知ったら、佐助は腹を抱えて笑い転げるだろう、と溜息を吐いた。
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