3
「……。」
「掃除機が、今日はなんか、調子でないって。」
「……。」
「白い服が、白辞めたいって、言った。」
「……。」
「皿が、たまには違う形になりたい、って。」
近所の自販機まで煙草を買いに行った十分間で、雅の部屋は、劇的ビフォーアフターを迎えた。
匠もビックリだ。掃除機が黒い煙を放ち、床はフローリングが全く見えない状態へと様変わりし、衣服は全て赤く染まり、洗濯機は泡を吹き、これまでパンと闘ってきた証の皿たちは見事、粉々に砕けて床に光を放つ星へと生まれ変わっている。
佐助の突撃訪問と同じような目眩に崩れそうになったけれど、膝をつくスペースさえ無い。
「はは、ははははは。」
雅のなかの辞書にある、『召使い』というワードが『破壊魔』に書き換わり、ジャンルは佐助に近い場所へと移動される。
『必要以上に近付くな』という立札がある場所だ。
「そ、う、じ、の、じ、か、ん、や、で。」
その立札の向こうに何度も放り投げられた雅がいつしか身に着けた『スイッチ』がカチッと音をたてた。
引き出しから眼鏡を取り出して、かける。と、上がりっぱなしだった雅の口角がシュッと下がって、顔つきが180度、変わった。
後ずさりをして逃げようとする鷹の襟を掴んで、大きなゴミ袋と軍手を渡す。危険物を踏まないように歩いて、普段は四六時中カーテンで閉ざされている窓を全開にする。
「さむい。」
「うるさい!」
「……。」
ホウキと汚れた衣類を使って床に散らばったものを、全て一箇所に集めた。
きちんと姿を現したフローリングに鷹を立たせて、ゴミ袋を複数枚と、大きめのかごを何個か、周りに置く。
「エエか、衣類はここ。ゴミはここ。雑誌はここ。その他はここに入れていけ。ゴミはちゃんと分別しながらな。」
「面倒、」
「くさいって言ったら尻叩く。」
「……。」
「はい始め。」
鷹は頬を膨らませながら、渋々その場に座って物の山を分別していく。雅もその横に座って、せっせと分別を始める。
窓から入ってくる風はまだ若干肌寒く、でも、朝特有の良い匂いがした。
「お前はなんか、特技とかあらへんのか。」
「とくぎ。」
「料理出来ん、家事出来ん、愛想無い。なんで召使いになったんよ。合ってないやん。」
「……恩返し、したかった、から。」
ボソッと呟かれたその声は、窓の外に居るのであろうオバサンの笑い声にかき消されそうなほど小さくて、雅はあえて、聞こえなかったふりをした。
予想通り鷹は「なんでもない」と言い直して、それ以上は口を開かなかった。
黙々と掃除をするふりをして、雅は本来の目的に移る。鷹がチノメアであるという仮定で、その実態を出来るだけ探らなければ。
「……。」
チョコを売った人と鷹は、背丈も体格も違う。鷹が一人で勝手にやっていること、という線は無しだ。少なくとも一人以上の協力者がいる。
そして、チノメアの説明が書かれた紙と、マニュアルらしき紙。
きちんとした文章で用意されていて、尚且つ、雅の名前も住所も調べてあるくせに『購入者様』という呼び方で説明文が用意されているということは、このチノメア(仮)が召使いを配布するのは雅が初めてではなく、過去にも複数人に同じことを行っているはずだ。
けれど、鷹には『過去に召使いをやった』という感じが全く見受けられない。チノメア(仮)が配布するオマケの召使いは、鷹以外にも居る。
のに、『召使い』ではなく、家事もまともに出来ない人物を『召使い』と名乗らせて送り込み、さらには金を渡して、『召使いとして機能しない』ことに文句を言わせない徹底ぶり。これでは、チノメア(仮)がまるで、雅に鷹を押し付けているような。
「、」
チノメアは、『チョコのオマケに召使いを配布している』のではなくて、『チョコのオマケという名目で、対象の人物を二ヶ月間雲隠れさせる』ことが目的なのか。
それとも、『鷹』が『雅』の部屋に二ヶ月居ることが目的なのか。
「……なぁ、お前って俺のほかにも召使いやってたん?」
「ない。」
「へぇ、俺が初めてなんや。ま、これで経験者やったらそれはそれで驚きだったけどな。」
「はじめて。」
鷹は視線を手元に向けたまま、微かに口角を上げて、「うん、はじめて。」と呟いた。初めて見せた喜びのような表情に、順調に動いていた雅の思考が止まる。
(……まぁ、ここまで考えれたら、エエか。)
昼飯までには部屋を綺麗にしなければ、と頭の中をリセットして、掃除する手を早めた。
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