【2 めんどう】
1
がしゃーん。がたがたがた。
壁越しから聞こえた、いつもより騒々しい音に目を覚ます。
のそのそと布団から手を伸ばして携帯を掴み(なんや、まだこんな時間やん。)と、再び閉じた雅の目を、騒音が邪魔する。
(近くで工事でもやってたやろか。)
仕方なく上半身を起こし、大きく伸びをした。ぱきぱきと骨が鳴る。
ベッドヘッドにあったヘアゴムに手を伸ばして後ろ髪をまとめ、寝室を出ると、すぐ横のリビングから、再び騒音が鳴った。
(え、なんや、工事って、まさか俺の部屋?)
この部屋に越してきたばかりの頃、「大事な資料が見当たらないから家宅捜索」と、雅が留守の間に入った佐助が、早々に敷金を水の泡にしてみせたことがある。(以来、雅は絶対に八藪組の資料を部屋に持ち帰っていない。)
体から、サァっと血の引ける音を聞いた。
あの時だって確か、あとから兄弟にこっそり聞いた話、佐助お気に入りの子が雅を「若くてかっこいい、長髪で黒髪の子」と呼んだのが原因ではないか、と言われた。
失態を犯している今、リビングのドアを開けたら「夏に向けて風通しの良い部屋にしておいたよ、嬉しいねぇ雅チャン、今年はクーラーいらないね。」と笑う佐助が出迎えてくれても、なにひとつ不思議ではない。
「頭……!」
寝起きとは思えないほど鮮明に、あらゆる良くない展開が頭を過っていく。
これまでの経験の賜物だ。なんて、笑えない。誰よりも佐助を尊敬しているからこそ、誰よりもその恐ろしさを知っている雅だ。恩人でなければ、関わりたくない人ナンバーワンだろう。
「おはようございます頭スンマセン!」
一刻も早く制止して謝罪して宥めて金渡して女呼んでえっとえっとそれから……。
ぐるんぐるんと猛スピードで色んなことを考えながらリビングに飛び込む。
(……あ。)
そこには恐れていた佐助の姿などなく、赤ジャージの少年がぽつりと、洗濯物に囲まれて立っていた。
(あぁ……そういえば、そや。)
雅の肩から、力が抜けた。
突然現れた同居人の存在を、すっかり忘れていたのだ。
忘れていたというより、寝ている間に脳が『夢』ということで処理していた。夢ではなかったのか。ちくしょうなんということだ。
「……お前には起きたらすぐに謎の謝罪をしてドアの前で立ち尽くす癖でもあるのかキモロン毛。」
同居人は眉間に皺を寄せながらそう言って、床に散らばっていた洗濯物を一か所に集める。
そのなかにパンツはないか少し気になりながら「おはよう」と挨拶すると、目線で察したのか、赤チェックのトランクスをトング(恐らく自前)で掴んで、雅の顔面に向かって投げつけた。だ、大丈夫、未使用のヤツだ。
「あ、せや、なんかものっそい音が聞こえたんやけど、なんかあったん?」
顔に当たったトランクス(未使用)を拾って、そのことを思い出す。
騒音は確かにこの部屋から聞こえたけれど、見た感じでは洗濯物が山になっているだけで、それ以外に変わった様子は見られない。
「……別に。」
鷹はぶっきらぼうにそう言い放つと、何故か洗濯物の山を雅の視界から遮るように立った。
よくわからない行動に首を傾げて、なんとなくテーブルを見ると、皿の上に謎の炭が盛られていて。
(んん?そういえばなんや、焦げ臭い?……あ。)
昔から、勘の良さに定評があった雅は、それで全てを悟り、無言で鷹を押しのけて洗濯物の山を掻き分ける。
中からは予想通り、割れた食器と、芸術家もびっくりな、人類にはまだ早そうな色をした、ほんのり温かいなにかが出てきた。
「……。」
「あ、っ……じ、重力が、いきなり、皿を、」
「……。」
「た、卵が、今日は、はずれの鶏ので、」
「……。」
雅はゆっくり深呼吸をしながら、(頭が待ち構えているよりはずっと可愛いわ。)と(これ、卵やったんた。)を心のなかで呟いて、早くも脳内で(チノメアのオマケ、返品)を検索ワードにかけていた。
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