5

 いつまでも玄関で話し合っていても仕方ないから、とりあえず謎の少年を部屋に上げることにした。

 雑誌や洗濯物やかつてコンビニ弁当だったものなどで埋まる床に、謎の少年はあからさまに怪訝な顔を見せる。遠慮なく床に散らばるものを蹴っ飛ばして、勝手にテーブルの隣にスペースを空けて正座した。

(自称、チノメアのオマケくん。)

 雅は少年と対面するように座って、改めて観察する。

 年齢は、14歳くらいだろうか。そのくらいの年齢にしては綺麗に整った顔だ。服装は全身赤ジャージで、きっちり首元までチャックを閉じている。パッと見ではわからなかったけれど、右耳に、小さな板チョコのような形をしたなにかを着けている。……ダメだ、恐らく理解しようとするほどわからなくなる。

「あ。」

 少年が、テーブルに置いたままのチョコに気付いた。似非チノメアのオマケが似非チノメアのチョコに反応している。

「あー、坊主は、そのチョコのオマケやー、言いたいんやろう?」

「別に言いたいわけではないけど。」

「誰に頼まれたのか知らんけどな。そーゆー詐欺ってあんま良くないで?俺が言えた義理や無いけどな。」

「キモロン毛が言いたいことは一ミリもわからないけど、とりあえず僕は、キモロン毛が買ったこのチョコのオマケだ。」

「……その、キモうんちゃらってやめぇや。」

「キモうんちゃらじゃない、キモロン毛。」

「言い直さんでエエ。」

 雅はチノメアチョコ(仮)の箱を手に取って、くるくると回す。本格的というか、お洒落というか、食品売り場にはまず売られていないタイプのものだ。それであの値段は、かなりの良心的というか、儲ける気はあるのだろうか。

「そない自分がチノメアや言うんなら、証拠見せや証拠。」

「しょうこ。」

「そ、本物や言うならなんかあるんやろ?オニイサンが見てやるから、出してみ?」

「……。」

 少年の眉間に皺が寄る。

「お前は、自分が烏田雅だ、っていう証拠を持っているのか。」

「……え?」

「証拠や言い訳は、偽物だから持っているものじゃないのか。お前は、このソファやパソコンや部屋なんかを、関わる人にいちいち『これ自分のなんです信じてくださいお願いします証拠もあるんですよホラ』って言うのか。逆に、そう言ってきた奴を『ほ、本物だぁ!』って思えるのか。」

「……。」

「僕はチノメアのオマケだ。お前がこのチノメアのチョコを買ったからここに来た。それだけだ。お前が信じていようと疑おうと、それは変わらないし、僕には関係ない。どうしても必要と言うのなら、チノメアに頼んで証明書を作ってももらえるけれど、それだって偽造だと言われれば無意味な紙切れになるだろう。どうしたってお前は満足しない。だから好きにしたらいい。それより僕は自分の任務を果たしたいから、もっと大事で意味のある話がたくさんあるのだけれど、」

 そこまで表情を変えずに一息で言って、溜息のように「いいかな。」と吐いた。

 そこまで言われて、雅に返せる言葉はなにもなく、五分ほどの沈黙の後、少年はポケットから紙を取り出して、勝手に話を続けた。

「ご購入者様へ。この度は、我がチノメア製菓のチョコレートをお買い上げ頂き誠に有難う御座います。我が社のチョコレートは、購入のお礼と致しまして、二ヶ月間の召使いを配布しております。召使いは二ヶ月間貴方が思うように使っていただいて構いません。が、法に触れることや、道徳に反することなど、常識の範囲内での使用をお願いしています。ので、召使いが拒否することを強制した場合は、二ヶ月以内であろうと期間を強制終了とさせていただきますことを、予めご了承ください。カッコ、身の回りの世話や雑用など、召使いとしての任務は拒否しないように教育をしていますので、その辺はご安心ください、カッコ閉じ。」

「なぁ、その紙もしかして俺が貰わなアカンやつやなくて?」

「……また、召使いと時間を共にして頂いたお礼として、期間終了時にご購入者様のお願いをひとつ、召使いが叶える特典もあります。勿論、召使いが叶えられる範囲のものになります。ご購入者様の願いを叶えるか否かは、召使い本人に全て任せています。召使いとの信頼を築いて頂くと、嬉しく思います。」

「やっぱりそれ、俺が読むやつやろ。」

「召使いはあくまでオマケです。ご購入者様が不要と判断した場合、いつでも返品は受け付けます。カッコ、その旨を召使いにお話しください、カッコ閉じ。その他、お問合せについては全て召使いに告げて頂ければ、こちらからの返答を送らせていただきます。最後に、召使いは住み込みで働くこととなります。家賃、水道光熱費、食費、雑費については全てチノメアが負担しますので、領収書の保管を忘れずにお願いします。まずは前金として、五万円、お渡しします。貴方と召使いが充実した二ヶ月間を送れますように。チノメア製菓代表取締役。」

「うん、どう考えても俺が読まなアカンかったな。」

「ほら、金。」

 少年はポケットから皺だらけの諭吉を五枚取り出して、テーブルに置く。

「僕を雇うなら受け取れ。」

「……。」

 正直、詳細を聞くほど「んなウマイ話あるかいな。」という感想しか浮かばない。

 けれど、確証はないけれど、本物のチノメアではないか、という気持ちも少しずつ増している。

 もし、これが本当にチノメアだとしたら。

「……二ヶ月後の願い、って。」

「ん。」

「例えばやで?例えばやけど、チノメアのことが知りたい言うたら、教えてくれるん?」

「……チノメアのことは口外厳禁だ。けれど、願いについては全て僕に決断が委ねられている。」

「ふぅん。」

 二ヶ月で少年を信用させたら、今まで隠されていたチノメアのことが全てわかる。

 そうしたら、この九死な現状から逃れることが可能なのではないか。

 これは、棚からぼた餅なのではないか、と雅は唾を飲んだ。

 この部屋に、八藪組に関する情報はなにも置いていない。俺が口を割らなければ、少年を雇うことで八藪組に打撃を与える可能性はないだろう。

 だとしたら、ダメもとでも雇ってみたほうがいいのではないか。

「……なんや、聞いてたら面白そうや思うてきたわ。」

「、」

「エエで。二ヶ月、お前を雇ったる。デメリットも思いつかんしな。」

 少年は眉間に皺を寄せながらも、ふぅ、と肩の力を抜いた。

「二ヶ月間よろしく頼むわ。俺は烏田雅や。」

「鷹だ。」

「へぇ、鷹、な。エエ名前やな。」

 得意の営業スマイルで手を差し出す。と、鷹はぴょこっと右手の小指をたてながら、その手を見つめた。

「ま、仲良くしようや、な。俺のことは、兄貴や思うてくれて構わないで。」

「……キモロン毛。」

「それはやめぇい!」

 こうして、九死のヤのつく自由業と、チノメアのオマケカッコ仮カッコ閉じの、奇妙な同居生活が始まった。

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