3
まるで爆弾のように、先ほど買ったチョコの小箱を、慎重に部屋へと運んだ。様々な角度からその箱を眺めては、これをどうしたらいいものか、眉間に皺を寄せて考えた。ほとんど上の空で買ったチョコ。
だけれど、事前に聞いていたチノメアの情報と合致していたのは確かだ。偽物だって山ほどある。これが本物である確証はないし、本物がある確証もない。
(でも、偽物でも情報には変わりあらへんし。)
心を落ち着かせるために、チョコを一個、口に入れる。美味しい、と思うのだけれど、頭が上手く受け付けない。でも、このチョコの味も大事な情報だ。
チノメアについて、こんなどうでもいい情報でも、0に比べたらまだ0・1のほうが、もしかしたら命拾いするかもしれない。瀕死が意識不明の重体くらいには……。そんな自分の姿を想像して、思わず口の中のチョコをそのまま飲み込んだ。
(あ、味がわからんかった。)
深く息を吐いて、二個目のチョコに手を伸ばす。ココアパウダーがかかった生チョコだ。指の温度ですぐに溶けてしまいそうになる。よく見たら箱の横に小さなフォークがついている。値段は良心的だったけれど、それなりに良いチョコに感じる。チノメアの偽物なんてやらないで、このチョコで真っ当な商売をしたらいいのに。
「……んっ。」
多方向からチョコを観察していると、部屋にチャイムが鳴り響いた。雅の部屋を知っているのは佐助くらいだ。そして、その佐助が丁寧にチャイムを押すわけなどないから、どうせ新聞か宗教の勧誘だろう。
溶け始めたチョコを口に放り入れて、ココアパウダーのついた指を舐めた。
(やっぱりこのチョコ美味いわぁ。舌でとろけて、濃厚だけれど優しくて、どこか懐かしくて。)
口の中に広がる甘さに、ふぅっと肩の力が抜ける。と、もう一度チャイムが鳴った。
(なんや、うるさいわぁ。ん、髪だいぶ伸びてきたなぁ。セミロングくらいあるんとちゃうかな。ここまで伸びると、切るのが惜しくなるんよな。)
黒髪を指で絡めながら、その辺に放り投げていた雑誌に手を伸ばす。今後どうしようか、考えると頭が痛くなるから、今日はもう逃避してしまおう。
チョコをごくんと飲み込んで、ソファに横になろうとすると、またしてもチャイムが鳴った。
(しつこ、なんの用事や言うねん。)
ここまで来ると、出る気はないけれど、相手がどんな奴か気になった。万に一つでも佐助という可能性だってあるし(ドアを蹴破って入ってくるほうが遥かに高いけれど)
ドアスコープから確認だけしようか。そう思って、ドアの前に立つ。
(んと……え、あれ。)
ドアスコープを覗くと、思っていたよりも下で、茶髪の頭が動いている。
(セールスや、ない?)
その身長は、150cmあるかないかくらいで、成人しているとは言い難い容姿だ。襟足が肩くらいあるセミロングの茶髪。ちょっと丸みを帯びたくっきり二重のツリ目。若干の厚みがある小さな唇。顔の部位はとても整っていて大人びているけれど、少し丸めの輪郭などから、どこか幼さを感じる。
あと五年くらい経ったら女が放っておかないだろう、と雅は呑気にドアの前の少年を観察する。まるでその行動が見えているかのように、少年は眉間に皺を寄せて、力強くチャイムを押した。
(勧誘とかには見えないし、迷子とかかもしれへんな。)
もし仮に怪しいものだとしても、このくらいの少年なら力づくでどうにかなるだろう。四回無視しても帰る気配は一向に見られないから、適当に対応してさっさと済ませよう。
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