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(見えたって、掴めへんわ、雲なんか。)
銜えていた煙草を、ぷっと吐き捨てる。手の甲にはしっかり火傷が出来ていて、(あの人、俺がコレ一番嫌なん知っててやったな。)とその痕を擦った。
いっそのこと左胸を切り裂いて心臓に押し付けてくれた方がよかった、と思うけれど、あの人なら喜んでやりそうだから、その言葉は飲み込んだ。
(ち、の、め、あ。)
最早、都市伝説や可愛い噂ではなく呪いの言葉に変わってしまった四文字。一言で表すなら『チョコのオマケにやってきた召使いが、二ヶ月間面倒を見てくれて、さらに願いを一個叶えてくれる』という、夢みたいで、まるで信憑性に欠ける、漫画みたいな話だ。
そんな馬鹿げたものに『ヤのつく自由業』様が喰いついているのは、それが単なる噂ではなく、本当の話である可能性が極めて高いからだ。もしもチノメアが実在するのなら、上手いことチノメアを手中におさめることが出来たら、ありとあらゆる危険性から逃れながら、ありとあらゆる汚い金が大きく動くことになる。そんなに楽な稼ぎ方はない。それに、各方面がここまで血眼になって探しているにも関わらず、ほとんど情報が漏れていない、その手段なんかもご教示願いたかった。あくまで、実在したら、の話だけれど。
しかし、何度かその尻尾は掴みかけて、チノメアチョコを買ったという人物を捕えている。が、大した情報を手に入れられないまま、まさに『雲を掴む』ようにするりと、逃げられてしまうのだ。
自分に渡された命綱の細さに、改めて深く溜息を吐く。もしも探しに探した挙句、どこかの女子高生が流した下らない嘘だったとしたら、それがどんなに可愛い子だったとしても、二度とチョコを食べられない体にしてしまうだろう。考えたら考えるほど、その可能性の高さを疑った。
(だって、なんやっけ、確か、そうそう、あんな感じの綺麗でお洒落な屋台で売られてるんやっけ、チノメアって。茶色い三角屋根がついて、小屋みたいな形の、緑の屋台。なんや、布みたいなの被って全然顔見えへん奴が店員なんか。せっかく屋台はお洒落なんに台無しやわ。そんで、チノメアはこのあと、話しかけられるんやっけ。)
「チョコレートは、好きですか?」
(せやせや、そう聞かれるんや。よくできた噂やわ。して、それに対して、)
「好きやで。」
(って答えたら、)
「六個入り、324円ですが、いかがですか。税込みです。」
(って、売ってもらえんねん。ホンマ、都市伝説って感じやな。)
「したら、一個買うわ。」
「ありがとうございます。」
(して、お金払ったら、チョコを渡されて、なんやっけ。)
「今日のオマケは、ちょっと厄介です。が、可愛がってあげてくださいね。」
(オマケのこと言うて、帰っていくんやな。なんや、美味しそうなチョコや。これ食べて元気だそ。甘いものは大事やし。で、これってなんやったけ。なんか、すごい最近よう聞いた話なんやけど、えっと。)
「、」
(そうや、チノメアや、チノメア。チノメアがこんな風にチョコ売るっていう話を聞いたんや。ほら、箱にも『CHINOMEA』書いてあるし。スッキリしたわぁ。)
雅は、今さっき買ったお洒落な小箱のチョコを見つめた。
(……ん?)
そして、チョコを売ってくれたお洒落な屋台の姿が見え無くなった頃に、その小箱を、地面に落とした。
「んんんんんん!?」
まさか。なんで。え。今。たくさんの単語が頭をぐるぐるするけれど、言葉にはならずに消えていく。屋台。チョコ。おまけ。チノメア。そう、チノメア。
「チノメア!?」
雅の絶叫に、通りすがりの誰もが訝しげな目線を送って、速足で横を通り過ぎていった。けれど、今の雅には、そんな目線を気にする余裕もなく、頭の中にたった一言を作るので精いっぱいだった。
(俺、今、チノメアのチョコを、買った……!?)
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