第13話 脅迫
ここ三日間で行った赤久真琴に関する情報集めは至難を極め、結果的には失敗に終わった。
当然といえば当然の帰結。元沖ノ浜中の人達にとっては自身の近くで起こった凄惨な事件であり後悔の塊だ。その拭い去ることの難しい重たい過去を興味本位で蒸し返すような輩がいれば嫌な顔をして無視するのは当たり前。快く話してくれる生徒は皆無だった。
唯一、アカリの友達の人が話してくれたようだが、その人は赤久真琴と同じクラスになったことはなく、いじめの原因はおろか人柄などについても知らなかったそうだ。結局のところ、学級規模でのいじめだとしか新しい情報は得られなかった。
難航している間にも、すでに金曜日の放課後になろうとしていた。
誰もいなくなった教室で打開案を一人考える。ちなみにアカリは家の用事があるらしく帰った。机やロッカーに何もないところをみると晴希も帰ってしまったらしい。
赤久真琴のことを詮索するだけのことが、ここまで面倒だとは思っていなかった。どうやら俺には人の気持ちを思いやる心が欠如していたらしい。少し考えればわかることを軽い気持ちで訊ねて彼(彼女)らを傷つけてしまった。無神経にもほどがある。反省だ。
赤久真琴の情報が手に入らないとなると、もうあの手紙の意味を解読する手掛かりはない。謎解きゲームのように、向こうからヒントが舞い降りてくれば楽なのに。
そもそも晴希が手紙なんて見つけなければこんなにも悩まずに済んだんだ……と次第に思考が打開案から恨み節に変わっていったとき。
ふと、廊下のほうから何者かがこちらを窺っているのを目の端に捉えた。
なにヤツっ、と振り向いたところ、それは空井野だった。教室のドアからひょっこりと顔を覗かせている。
彼女は俺と目が合うと微笑み、教室に入ってきた。
「安城さん、まだ学校にいらしたんですね。よかったです」
どうやら俺を探してここに来たらしい。
「俺になにか用か?」
「はい。このまえのしりとり勝負のお願いごとについてなんですけど……覚えてますよね?」
「覚えてない」
「そうですか。それでですね、明後日の日曜日お暇でしょうか?」
はい、完全スルーです。聞く意味あったのか。
「一緒に夏祭りに行きませんか?」
「夏祭りって昇降口の掲示板に貼ってあるアレか?」
「はい、そうです」
掲示板にこれみよがしと巨大なポスターが貼られるほど、町内会主催の夏祭りは商店街を中心として開かれ、(すぐ隣の河川敷で花火大会も合わせて開催されることもあり)毎年盛況を博している。
どんな無理難題、もしくは非情な物事を頼まれるかと戦々恐々としていたが、そんなことならお安い御用だ。
「おう、いいぜ」
「え、いいんですかっ? てっきり断られるかなと思っていたんですけど」
「じつは晴希と行く予定だったんだ。アカリも呼んでみんなで行けばいいんじゃないか」
そう提案すると、なぜか空井野は笑みを消し「みんなで……ですか……」と口ごもる。
なにやら様子がへんだ。みんなで行くことに不都合でもあるのだろうか。
空井野は逡巡するようにしばし無言でいたが、やがて何かを決心したように肩に掛けたカバンの紐をぎゅっと握り、言う。
「そ、その、できれば、ふ、二人きりがいいな」
「は?」
「だ、だからぁ、私は安城さんと二人きりで夏祭りに行きたいのっ!」
突然口調が豹変した空井野に、俺は十秒ほどの間をおいてから聞き返す。
「え、なんで?」
「もうっ、そのぐらい察してよ! 安城さんのにぶちんっ!」
恥ずかしさからなのか、怒りからなのか、フンッと顔を背ける。
いや、察するもなにも、俺たちいつからそんな関係になったのか。初めて顔を合わせてからまだ一週間と少ししか経っていないし、さすがに恋の展開にはならないと思うが。
意図がわからず疑心の目を向けながら黙っていると、空井野はちらっと横目でこちらをみて「あれ?」と声を出し、きょとんとする。
「意外に冷静ですね。そこはもっと女の子からの誘いにドギマギする場面じゃないですか?」
やはりまたお得意の嘘だったか。
「いや、俺とお前にそんな接点は欠片もないし、お前は俺に好きな人がいるの知ってるし」
「バレちゃいましたか。せっかく安城さんの好きな幼馴染属性を演じたんですが」
「幼馴染属性ってなんだよ。キャラブレブレだったぞ」
「そうでしたか? 昨日読んだ恋愛小説の中に今みたいなイケ好かない女がいてこれに騙される男ってチョロいなとか思っていたんですけど。さすがは安城さん、そこいらの外見や猫なで声に翻弄されるバカな男子生徒とは違いますね」
なにこの毒舌。俺を試したみたいに言うな。
「でも二人きりでいたいというのは本音ですよ。安城さんだったら気兼ねなく物を集れますし」
「お前は俺をなんだと思ってんだ……? やめだやめ、そんな理由で誰が一緒に行こうって思うんだよ」
「嫌というならいいんですよ来なくて。そのときは安城さんの恥ずかしい秘密を公開してやりますから」
「は!? 秘密ってなん……」
「私のお願いごとは以上です。ではでは、明後日よろしくお願いしますね」
「おい、ちょっとま――」
俺の制止声も届かず、空井野は逃げるように足早に教室から出ていってしまった。
ぽつんと一人取り残される俺。唐突な出来事に頭が混乱する。
恥ずかしい秘密ってなんだ? もしかして告白の件を言っているのか。それ以外でプライバシーなことを話した記憶はないし、おそらくそうに違いない。あいつ友達いないのに誰に公開するというのか。まさか新聞部に情報を流して大々的に公開とか。空井野ならやりかねない。
学校内を巡り広がる俺の苦い過去。周りから茶化されつづける最悪の展開を想像して胃の辺りがきゅっと痛んだ。厄介事も目立つのも勘弁だ。二人きりがいいという空井野の思惑はわからないが、ここは素直に従っていたほうが身のためか……。
「お願いってよりも脅迫じゃねえか……」
俺は嘆息をつき、泣く泣く晴希にキャンセルの電話をかける羽目になった。
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