第7話 違和感
一週間と少しに期末テストを控えた六月二十日の土曜日。俺は空井野の家を目指していた。
彼女の家は隣町にあるそうで、事前に本人から場所の位置は教えてもらっている。
指定した時間は午後一時。腕時計を確認する。現在の時刻は十二時三十分。遅れてはいけないと
額から頬にかけて伝う汗を腕でぬぐう。直射日光がヤバい。まだ六月中旬の終わりだというのに、憎々しいほど雲ひとつない青空の空に浮かぶ太陽は上機嫌、もしくは怒り狂ったようにギラギラと燃え盛っていた。
帽子か日傘を持ってくればよかったと今になって後悔する。冷房が効いていた電車内とは真逆に、外は茹だるような暑さが支配している。冷蔵庫から電子レンジに移された食材のようだ。数十メートル先のアスファルトには、俺を嘲笑うかのように蜃気楼が揺らめいている。
我慢ならず、ショルダーバックから味気ない安物の水筒を取り出し、乾いた喉を潤した。詰めに詰めまくった氷ががらんがらんと音を鳴らす。ペットボトルはすぐに生温くなるので水筒にして正解だった。
ふたたび歩きはじめる。建物あふれる市街地とは違って、周りは田園ばかりで日陰はない。
早く空井野の家にたどり着かなくては。暑さに屈するまえに。倒れるまえに。
それにしても、と思う。
まさか家に招待されるとは思ってもみなかった。付き合いが長いアカリの家にさえ行ったことはないのだ。それが数日前に知り合ったばかりの人(しかも女子)にお呼ばれするとは。
自分の格好をみる。白シャツに薄手のパーカーを羽織り、濃い目カラーのデニムを穿いている。おかしくはないだろうか。普段から出不精なので私服センスには自信がない。……まぁ恋人の家を訪問するわけではないし、飽くまで名目はテスト勉強だ。誰も気にはしまい。
そんなことを考えていると、先の十字路できょろきょろと視線を辺りに配っている二人組を発見。
「あれはアカリと……晴希か? なんであいつがここに……」
近づいていくと、俺に気づいた晴希が「よう真昼!」と朝っぱらからうるさい声を出し、大げさに手を振ってくる。
「なんでお前がいるんだ?」
開口一番に訊ねると、晴希は野球少年が被ってそうなキャップの下で目を瞬かせた。
「なんでって、アカリちゃんに誘われたからに決まってるだろ。つーか、遊ぶんだったらオレにも声を掛けろよな」
「いや、テスト勉強だし」
そう言うと、晴希は「は? ……え……テスト勉強……」と、この猛暑にもかかわらず顔を青ざめさせ、問うようにアカリのほうを向く。
ボーダー柄のトップスに透け感のあるフレアスカートという出で立ちのアカリは、この猛暑にもかかわらず、白色の日傘の下で弾けるような笑顔を浮かべた。
「あれ、言ってなかったかな? 今日の目的は期末テストに向けた勉強会だよ。まぁハルちゃんはテストの点が悪いみたいだし、ちょうどいいんじゃないかな」
「…………」
先程の元気が嘘のように晴希は肩を落とす。赤点回避というアカリの正義感が働いた結果か。ご愁傷さま。まぁ俺としては晴希がいてくれたほうが居心地がいいけど。
「空井野には事前に伝えてるのか?」
「うん。今日の朝、友達ひとり連れていってもいいって聞いたら快くオッケーしてくれたよ」
おそらくその伝え方では戸惑うだろうな。
「それで。こんな道の真ん中でなにをやってるんだ?」
空井野の家まではまだ少し距離がある。こんなクソ暑い中、立ち止まってまで何をしていたのか気になった。
すると、アカリが手に持ったスマホを見せびらかせるように突き出してくる。
「じつは道に迷っていたのです!」
「いや、そんな自慢げに言われても……」
たしか女性は地図を見るのが苦手な人が多いんだっけ。アカリもスマホをぐるぐる回しながら見てるし。晴希は例外だ。こいつは頭が悪いのでそもそも地図の見方がわからない。
晴希がため息をつく。
「まさかアカリちゃんが方向音痴だとは思わなかったなぁ」
「えー、わたしのせいなの? 最初ハルちゃんが自信満々にオレについてこいって言って迷っちゃったんだよぉ」
「いいや、オレはぁ……」
不毛な擦り合いが続く。というか、ほんとに仲がいいなこいつら。いちゃいちゃすんな。かるく嫉妬してしまうだろうが。
俺の視線に気づいたアカリが首をかしげてくる。
「ん? どうしたのまーくん?」
「いや、なんでも。……道は大体頭に入ってるからさっさと行くぞ」
俺は先頭に立って歩きを再開させた。
***
三人で歩くこと十五分。ようやく『空井野』と書かれた表札を発見した。
クリーム色の外観をした小さな庭つきの二階屋。あの口調からしてどこぞのお嬢様だと思っていたが、どうやら一庶民だったらしい。よかった。
胸元ほどの高さの小さな門を開け、綺麗にタイルで整地された小道を行き、玄関の横にあるインターホンを押す。呼び出し音が鳴ったあと、すぐに玄関が開き、空井野が姿を現した。
裾に花柄フリルのついた白のキャミソールの上に、清涼感ただよう薄手のライトグリーンのカーディガンを羽織っている。いつもは垂らした黒髪は一つに結ばれていた。
空井野は涼やかな笑みを浮かべて挨拶をしてくる。
「おはようございます。思ったよりもお早い到着ですね。初めてだから時間が掛かると思っていたんですけど。……大丈夫ですか安城さん? なにやら顔色がわるいようですけど」
「おはよう。ああ、ちょっとこの暑さに中てられてな。ほら俺、インドア派だから……」
日光をもろに食らって頭がくらくらする。早くクーラーで涼みたい。
ひょこっと俺の背からアカリが姿をみせ、笑顔で言う。
「おはよっ、うーちゃん。今日はお邪魔するね。それと友達のハルちゃんだよ。ごめんね急に呼んじゃって」
「いえいえ、人数は多いほうが楽しいですし、勉強も捗りますよ。初めまして、私は空井野卯月といいます。今日はよろしくお願いします」
「お、おう。オレは
(この前の俺と同じで)丁寧にお辞儀をする空井野に戸惑ったのか、どこかぎこちない感じでキャップをとり、挨拶する晴希。金髪の地毛が眩しく光る。
…………。
なにか違和感を感じる気もするが、熱を帯びた頭では考えるのも億劫だった。
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