第5話 真実

 突っ立ったままの俺を気遣ったのか、アカリが余っている丸椅子を軽く叩いて促してきた。


「まーくんもこっちに座って一緒にガールズトークしよっ」

「…………」

「まーくん?」

「……あ、いや俺はいい。まだ用事が終わってないしな」

「用事? べつの本でも借りるんですか?」

「いや。もちろん目的の新刊だ」


 そう言うと、空井野は訝しげな表情になった。


 ようやく真実が見えた。難しく考えすぎだったんだ。この謎はもっと単純なものだった。


 今思えば俺の推理は所々がご都合な解釈をしている。


 三人いるからと女子生徒たちが隠された小説を見つける確証はないし、男子生徒が無断で持ち出したのが俺の借りたかった小説であることの偶然性を証明できていない。


 それに動機に無理がある。仮に読みたい本が四冊見つかったとしても(小さな子供じゃないんだし)普通は諦めて日を改めるだろう。規則を破ってまで実行するとは思えない。


 そもそも前提からして間違っている。犯人の中に数えていない生徒がいる。図書室を訪れたのは四人だけではない。もう一人いるではないか。孤独に図書当番をしていた人間が。


「空井野。俺が図書室に来るまで読んでいた本を見せてくれないか?」


 俺は二人の会話を聞いて、ふと思った。


 借りにくる生徒がいない間、空井野は一人で何をしていたのだろうかと。


 貸出カードを取り替える作業は俺が来て少し経ってからやり始めていたし、それを唯一の仕事と言っていたあたり、図書委員の仕事関係ではない。


 まさかボーっと天井の染みを数えていたわけではないだろう。ここは図書室なのだ。暇だったら誰だって本を読むに決まっている。ではその本とは一体何だったのか。


 空井野は俺の言わんとしたいことを察したようで。


「なるほど。つまり安城さんは私が嘘をついていると言いたいわけですね。証拠はあるんですか?」

「ああ、もちろんある。推理中にお前が発した不自然な言葉だ」

「……私、何かおかしいこと言いましたか?」

「どうして俺が借りたかった小説のジャンルがだって分かったんだ?」

 

 俺は一言もジャンルについては口にしていない。


 なのに空井野は『ミステリー関連を借りているから男子生徒の疑いが高い』的なことを言っていた。それは俺が借りようとしていた本がミステリー小説であることを知っている人間の言葉だ。


 しかし一巻を見せたとき、空井野は初めて見る本だというような口ぶりだった。


 あの小説はタイトルや表紙からして恋愛ものに見間違えられるほど、ミステリー小説と断定する要素は欠片もないので推測したとは考えられない。


「えーと……じつは私、タイトルからジャンルを当てることに長けてまして……」

「苦しい言い訳だな」


「ほ、ほんとですよー」と俺から目を逸らして答える空井野。まったく往生際がわるい。


 言い逃れできないように退路を断つことにした。


「まず俺は本を借りていった二人の生徒に焦点を当てて推理を始めたけど、それが間違いだった。新刊が無くなったという情報を念頭に置いて考えれば単純な話だったんだ。今日図書室にその小説があると知っていた人間は限られてるからな」


 知る機会があるのは図書委員の空井野と作業を手伝った俺とアカリの三人だけ。


「ですが、私たち以外の生徒がどこからか新刊の情報を聞きつけた可能性もありますよね? 日野さんが友達に新刊のことを話したとか」


 状況が呑み込めていないらしいアカリはポカーンとしながらも「ウン、イッタカモ」と曖昧な記憶で余計なことを言う。


 だが苦しい抵抗に変わりない。これだけ大量の新刊があるのにもかかわらず、俺と同じ小説(しかも三巻だけ)を借りたがるなんて、あまりに偶然が重なりすぎだ。それに。


「動機がない」

「動機……?」

「仮にお前の話どおり一般生徒の耳に伝わったとしよう。その生徒は誰よりも先に図書室に行き、お目当ての小説を借りる。それで終わりだ。謎は生まれない」


 無断で持ち出す動機がないから、その生徒が借りた記録(貸出カード)は残る。そうなれば俺が肩を落として図書室を去るだけで、こんな七面倒な考えごとはしていない。


「だからこの謎は動機がある人間の犯行なんだ。そしてその動機とは何か。さっき言ったように一般生徒なら今日の昼休みに借りればいい。だがそれが出来ない立場の人間だとしたら? 例えば図書の受付係とか」


 昼休み中は受付に立っていないといけないため、外には持ち出せない。


「犯人の動機は、昼休みが終わるまで他の生徒に借りられないように小説を死守すること。それはつまり俺が借りることをに知っていたということになる」


 消えたのは三巻。新刊といっても借りられる確率は低い。あらかじめ借りる人間がいることを把握していなければそんな行動には出ないだろう。


 犯人は昨日の時点で俺が小説を隠したことに気づいていた。そして俺から小説を隠し通すため、借りに来た生徒のことをわざと話題に持ち出して謎をややこしくさせた。


「小説のことを熟知しており、新刊が入ったことを知っていて、俺が借りることを事前に知り得た人間。さて、それは誰だろうな?」


 俺は疑惑の視線を空井野に向けた。


 空井野は押し黙っていたが、やがて目を伏せると、


「参りました」


 やっと観念したようでカウンターの裏側から『君と交わした約束の場所3』を取り出し、カウンターの上に置いた。


 俺はため息をついた。


「べつに嘘を吐かなくても横取りなんかしないって……」

「だって続きがすごく気になっていた小説だったので。まさか安城さんと被るとは思ってもみませんでしたから。隠すぐらいだから絶対に譲ってくれないだろうなと」

「だったら誰かが借りていったって言えばよかったんじゃないか?」

「それも考えたんですけど、それはそれで良心の呵責がありまして。だから安城さんが謎を解けるかどうかで貸出の有無を決めようと思ったんです」


 なんと迷惑な……と思ったが、そもそも原因を作ったのは自分なので何も言えない。まさか隠したことが逆効果になるとは。俺も運がない。


 完全に蚊帳の外になっていたアカリが「よくわからないけど、二人が仲直りしたようでよかったよっ」と的外れなことを言ったところで、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。


 空井野は手早く小説の裏側から貸出カードを抜き、そこに俺の名前を書く。貸出カードを木箱に入れたあと、にこにこ顔で小説を手渡してきた。


「安城さんは名探偵ですね」

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