第7話 自己犠牲(加筆)

「なんだテメーは」


 サングラスの男がガンをつけてくる。


「何があったのかは知りませんが、よくないですよ」

「この女が金返さねえんだよ」


 細いチンピラが吐き捨てるようにして言った。金銭がらみはまずいかもしれない。


「それなら弁護士を仲介すればいいじゃないんですか」

「弁護士はいらない。俺はこの女から金を返してもらう。それだけだ」


 表情は読めないが、口調からすると話が通じない相手のようだ。


「さあ、行くぞ」


 女の人は不安げな顔を残しつつ、再び立ち去ろうとした。

 だが女性は最後の抵抗を見せ、腕を振り払い、それに成功した。連中も不意を突かれたのかもしれない。


「確かにお金は借りた。親戚中のお金を集めた。だけどそれは私の娘が病気だから……。親戚といっても、私はこういうやり方を許せない」


 女性ははっきりとした口調で男たちを睨む。


「なんだと……? お前の家は分家だ。本家の俺たちには逆らえないはずだが」


 暴力団じゃなくてよかった。だけど、家柄とか関係なく、性質たちの悪い人たちだ。「お宅の娘が気の毒だから金を貸したんだ。それに返せると思ったから貸したんだ」といったように強い口調で迫っていた。一見正しいように聞こえるけれど、人の弱みに付け込んでいる。これ以上、この女性に何ができるというのか。


 女性は決して怯まず抗議を続けた。

 幸いなことに父の知り合いに弁護士がいたことを思い出した。僕はミコを呼び出し電話をかけた。


 女性の粘り強い懇願こんがんによって、弁護士を仲介することが決まった。


「お金を使うけれど、大事なことだから。それに貴方たちに迷惑をかけてしまったから」


 女性は朗らかな表情だけれど、口調が毅然きぜんとしていた。



 帰り道、ミコは僕をいきなり殴った。


「大人の喧嘩けんかに付き合うなんて、命知らずね」

「あのままだったら、女の人がどうなっていたか、わかったもんじゃないよ」

「自己犠牲、だね。私は嫌いだ……」


 ミコの言葉と表情に熱が入った。こんなミコは見たことがない。


「だけどね功治君。君があの女の人を助けようと思った気持ち、すごいと思ったよ」


 僕の中で死んだときのシーンが蘇った。違う……。僕じゃない。あのとき自らを省みず僕を助けてくれたのは、紛れもなく――


「……ごめん。迷惑かけちゃって」


 僕の口から出た言葉は、ミコへのお詫びだった。ミコははっとした表情をした。


「手握ろう! 寒くなっちゃったし」


 ミコが僕に提案した。僕は無意識に手を差し出した。


「おっ、積極的じゃん。もしかして私たち仲良し?!」

「……別にいいだろ」

「照れちゃってカワイイ」


 夕方だから冷えてくる。だが僕たちのやり取りは、普段のトーンに戻る。

 握っているミコの手の温もりはやさしく、それでいてどこか寂しげだった。


☆☆☆


 僕とミコとの付き合いが長くなり、あの事件のこともあって、僕もだんだんと意識するようになった。けどそれは、ミコのことを異性として見るというより、戦友を見るという感じだ。ミコはというと、ふだんはクールでときどき、僕をからかうというスタンスに変わりはない。

 ……なんだろうか、特別な感情もある。お互いに離れたくないというか、繋がっていたいというか。ミコもときどきそれっぽいことを言ったり、態度に表したりする。団結感だけで言い表せないところもある。

 

 もしかしたら、「僕たちが一度死んだなんて、嘘なのかもしれないね」。そう思って僕が少しでも離れると、僕とミコは文字通り苦しみもだえる。「ふつうの人間に戻りたいね」とミコは苦笑いしながら言った。

 これを二人で何度か繰り返し、二人の友情を確認するが、さすがに5回目くらいに入ろうとしたとき、僕から待ったをかけた。


 僕たちは本当に一年過ごして、生き返るのだろうか? 死にたかったはずの僕が、いつの間にか……。ミコがいるお蔭なのかな。



 神様との約束を忘れていたある春の日のこと。僕が死んでからおよそ11か月が経っている。ミコが真っ青な顔をしていた。


「功治くん、とても言いにくいんだけれど。あの、外に出ないで!」

「え?」

「私、夢を見たんだ。功治くんがまた交通事故に遭う夢を……」


 ミコは何かを言いかけたが、口をつぐんだ。

 

「いや、いいんだ。もう僕はミコを縛り付けたくない」


 ミコは急に泣き顔になりわっと泣き始めた。


「馬鹿なの?! 私は君を助けようとしたんだよ」


 嗚咽おえつが混じる。僕が最初にミコと会ったときのようだった。僕は彼女が泣くのを見たくなかった。


 女の子を泣かせようとする意図はない。口調だけでも僕は落ち着いて語を継いだ。


「後1か月で、僕たちは生き返るんだろう?」


 どういうわけか、ミコは泣いたまま返答しなかった。重く沈鬱した雰囲気が場を呑んでいた。


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