第8話 傷と約束

 ミコと僕との関係は微妙な関係に戻ってしまった。僕自身は一度死んだのだから、気持ちが揺らぐことはなかった。けどミコは気が気じゃないようだ。談笑しているときに突然泣き出したり、夜中「功治君のバカ!」と寝言を言ったりして僕を叩き起こす。


「ねえ、死んだらどうなると思う?」


 僕は朝っぱらからミコに対し、ボケた発言をしてみた。


「そうだね。地獄の底に落ちてる功治くんをいったんぶつな」

「ひどいな」


 お互いに笑っているけれど、ミコの目は笑っていなかった。


「けどね、私は……」


 ミコが何か言いかけたところで時計を見た。7時35分を指していた。徒歩は20~30分。8時までにはギリギリだ。二人は大急ぎで学校へ向かう。とくにミコは道路の安全確認を怠らなかった。



「マサ、何か琴音ちゃんに言ったんじゃねえの?」


 僕の友だちである佐山が、ミコに聞こえないようにそっと呟いた。マサとは僕の名前の愛称だ。

 佐山はインテリキャラよろしく、頭がいい。口調は少し荒いがギャップもあり、女子に噂話が立つほどだ。


「言っていないさ。僕のこと、心配しているみたいなんだ」

「はあ? まさかマサが、琴音ちゃんに心配させるようなこと、するわけないだろうな?」


 佐山の発言は僕をからかっているわけじゃない。その証拠に、彼は目を丸くし、訝しがった。

 ミコと佐山の目が会った。


「あ、悪い。悪口じゃねえよ」

「いいよ」


 ミコはさらりとした口調で返したが、どこか遠くを見るような目をしていた。



 夜中、すすり泣きしているミコがいた。いつも僕は黙っていたが、この日は布団から出て、ベッドで寝ているミコの傍にいった。「お母さん」という声が漏れていた。



 土曜日の朝食は僕が作った。最初に会ったときと同じで、野菜炒めのチャーハンと味噌汁を出した。一人で作ったことはないが、野菜を刻むのがめんどうだったが、思ったよりスムーズに作れた。


「どうしたの? 二人で作ればいいのに」

「大切な話があるんだ」

「?」


「僕たちの両親の話をしていなかったね」


 ミコの体がかすかに震えたように見えた。


「僕の父さんはね、がんで死んだんだよ。母さんはかなり厳しい上に、兄を誇りに思っていた。僕のことをありのまま認めてくれたのが、父さんだった。だけどもう、この世にはいない」


 この話、墓場まで持っていくつもりだった。けど僕はなぜ、目の前の女の子、つまりミコに話しているのだろう。


「僕が自殺したこと、きっと悲しんだんだろうな」

「そう思うだけ、えらいよ。実はね、私の両親はどっちともいない」


 張りのある声だったが、表情がわずかに曇っていた。

 両親がいない。そんな気がしていた。生活感のない場、初めてあった時、少し変だと思っていた。それがミコの部屋だ。


「お父さんは、物心つく前に病気で他界している。お母さんは、小学校に上がる少し前に交通事故で亡くなった」

「つらかったね」


 僕は一言だけ言って、黙って聞く。


「だから私は、功治くんもいなくなるのが、堪えられないんだ」

「神様は僕たちが仲良くなれば、二人とも生き返ると言った。だけど万が一、僕が死ぬようになったら……。わからない。

 けど約束の日の後の春休み、星を観に行きたい」

「星?」


 僕の脳裏には、ある場面が蘇っていた。それは父さんと母さんが仲が良く、兄弟同士で競い合う前の頃のことだった。

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