第6話 揉め事(改)

 2か月も経つとお互いにタメ口になる。その間、御坂さんはいろいろなキャラを試していた。

 御坂さんの呼び方は、「ミコ」で定着した。御坂の「御」をミと読ませ、琴音の「琴」でコというのが由来だ。「ミコちゃん」と呼ぼうとしたが、ちゃん付けはいらないよと御坂さん。


 ミコのことを最初はめんどうな人だと思っていたが、あまりに熱心だから、彼女のことが少し気になり始めていた。

 ちょっとずつ距離感が縮まってきている。こういった日常的なエピソードでも、お互いに親近感を持つようになったことがわかると思う。


 たとえばファミレスでのやり取り。僕たちは、学校帰りにデザートを食べていた。甘いものは特別好きでも嫌いでもないのでオーケーした。


「パフェのチョコおいしい」

「この餡子あんこ、うまい」


 ミコは白い目で僕を見た。なんだよ? と思い彼女の顔を見る。


「渋いねえ、精神年齢が高い!」


 急に腕組みして唸るようにして言った。


「いいや、そんなことないよ。餡子は老若男女、だれでも好きだ」


 左手で肘をつき、ピシャリと言った。餡子が嫌いな日本人は少ないほうだ。


「コメントも態度も大人だね」

「ありがとう」


 自分でも思わず笑ってしまう。


「おっ、笑ったね。私の勝ちだ」

「勝負だったの!?」


 どうやら僕は賭けに負けたようだった。


 一方で、街角ではこんなやり取りも見られるようになった。


「あの犬かわいいな。社会人になったら犬を飼うんだ」


 小型犬が歩いていた。犬の品種はミニチュアなんとかだろうか。


「そうなんだ。僕の家には犬がいないけれど、散歩すると楽しいんだろうね」

「いや、すでに楽しいよ。犬がいなくても、私は幸せ者だな!」


 御坂さんは無邪気に笑いながら、さっきより両腕を大きく振りながら歩く。


「何それ、突然の告白?」

「そうだよ」


 ミコが真顔で言った後、「何いってんの、本気にしちゃった?」と付け加えた。嫌味のない笑い方をしていた。


「ちょっと残念かな」

「うそうそ!」


右手を左右に振って否定し、劇がかかった言い方をして語を継ぐ。


「落ち込まないでね、隆史くん。きみがいなかったら、私も死んじゃうんだから」

「うれしいけど、ヤンデレっぽく聞こえるよ」


 ヤンデレとは、「精神的に病んでいる人が、デレデレである状態」を表す。原義はあまりよくないが……。けどミコが言っていることは、事実に沿った冗談だ。

 ミコはおかしくなって笑った。僕も思わず笑いそうになったが、仏頂面にして表情を取りつくろった。


揉め事(前半)


 だが平凡な日々を送るだけではなかった。僕たちはある事件に遭遇した。空き家の前を二人で通りすぎようとしたときのことだった。


「あの人たち様子がおかしくない?」


 僕たちは足を止めた。ヤンキー風の男性が二人がいた。その前には女性がいた。男性二人の顔は見えるが、女の人は後姿で様子がわからない。


「何しているんだろう?」


 男の人たちは、僕たちのことに気づいていないようだった。


「金を返さないなら、俺たちに付いてこい」

「払えませんし、付いていきません」


 金銭の揉め事か。厄介なことだ。

 ん……? 空き地の隅には灰色の自動車があった。後ろがカーテンで閉め切られている。なんとなく嫌な予感がする。


 小声だが「やめてください」という女性の声が聞こえた。右腕を握られているようで、女性は抵抗するが、強く握られているらしく、微動だにしない。


「ミコ、待っていて」

「助けるの?」

「うん。ちょっと言ってくるだけ」

「やめなよ」

「……」


 こんな僕にも、護身用の柔道と合気道の心得がある。今は亡き父から技の基礎を中学生まで教わっていた。いざとなったとき、戦う覚悟があった。

 けどミコに止められて、迷いが生じていた。


 女性が車に誘導される。そのとき表情が見えた。悲痛に顔を歪めていた。それを見た僕は、咄嗟とっさに体が動いていた。


「誰だ、おまえは?!」


 痩せた男が言った。


「その女の人、嫌がっているじゃないですか!」


 僕はえるようにして、男たちに言い放った。

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