第5話 リスタート②
1.クーデレ
教室はザワザワしている。小柄な男性教師が息をすっと吸い込み発話した。
「今日からみなさんに、新しい仲間が加わります」
ガランと戸を開け、黙ったまま男子生徒が入ってくる。やつれ顔をしているが、顔立ちが整っている。
「ええ?! 功治が転校生?!」
一同は仰天する。
「いや、違うんだ。これには事情があって」
先生が身振り手振りで否定をした。
騒動のなか、一人の生徒が入ってきた。
「みんな、こんにちは。私が転校生の御坂琴音です!」
女子生徒は明るい声を発した。とたん教室が静まり返る。しかし……。
「うっわ、美少女じゃん!」
「すっごいかわいくない?」
一同は絶賛する。「功治にはもったいないな」という声が聞こえると、功治は声が聞こえたほうに無表情に一瞥する。
「では、御坂さんは相澤君の隣に座ってください」
二人は机を隣り合わせにする。羨望の目が御坂さんに向けられる。功治はその影に隠れていて、その表情からは感情が読み取れない。
***
学校の帰り道のことだった。
「……功治君、私の隣に並ぶのはやめてくれない?」
御坂さんが2・3秒僕を凝視しながら注意する。僕はだまって彼女の後ろを歩く。
「なんか落ち着かないわね……」
落ち着かないのは僕も同じだ。
僕はぶつからないように彼女の背をワンテンポ遅らせて付いていく。
買い物に行くときだって僕は同伴しなくてはいけない。たいてい「男の子なんだし重いもの持って」と重い方を持たされる。かといって、全部渡すわけじゃないのが、彼女のやさしさだ。だが僕の心も相当狭く、善意も鼻につく。
「怒らないでね。だって一年も過ごすんだし」
表情に出ていたのか、心を読まれてしまった。返す言葉がない。
料理は野菜を切るときに任された。「助かるな」と言ってくれるのは少しだけうれしかったのは内緒だ。炒めたり煮たりするのは御坂さんがやった。
野菜スープに野菜炒め、焼き魚と豆腐、ご飯という質素な料理だ。野菜が多めなのは気のせいだろうか?
寝るときもいっしょだった。とはいえ、同じベッドで寝るわけじゃない。御坂さんはベッドで、床には僕が寝る。同じ部屋で寝ることが許された。
彼女からすると、いやいやじゃないかと思ったがそうじゃなく、「風邪引いて移されるよりは、いっしょに寝たほうがマシじゃない?」と正論を吐かれ、グウの音もでない。
2.手を引かれて
1週間が経った。最初は、四六時中、御坂さんといっしょにいるのは苦痛だと思っていた。御坂さんも苦しいはずなのだけど、ちょっとずつ態度が軟化した気がする。あからさまにいやな顔するのが減った。
無関心でいると約束がはたせないからか、御坂さんはたまに話しかけてもくれる。僕は迷惑に思うが、それとなく反応はしていた。授業中は話せないが、ご飯のときや登下校のときは彼女にとって、かっこうの時間だった。
下校中のことだった。御坂さんは妙なことを言ってきた。
「功治君、きょうどんな風に歩こうかしら?」
僕の聞き違いだろうか、それとも御坂さんがおかしくなったのか。
「そうやって悩むのって、生真面目な子なのね」
ほほえみながら僕に言う。口元が少しニヤリとしているが、目元が笑っていた。僕は目を丸くして御坂さんをじっとみながら歩く。道幅が狭いので、二人は人を避けながら。
御坂さんは笑みを崩さず、返事を待つ。御坂さんってこういうキャラだったのだろうか。
数秒考えると、意味が少し推測できた。
「なるほど。僕と愉快にやったほうが、1年間過ごしやすいってことか?」
下品にならない程度の抑えた笑みで、僕は御坂さんに応答した。からかい半分のつもりだが、僕は必要以上に彼女を傷付ける意図がなかった。それに、これは御坂さんの気遣いだよね……。
「うん」
御坂さんが「何か期待している」ような下心ある顔を見せて、僕はギョッとする。けれども御坂さんが再び前に顔を向けると、彼女の表情は穏やかに見えた。
駅のホームが見えてきた。雑踏に押されて離れ離れにならないように二人は距離を縮める。それでも僕が人並みに流されそうになったとき、御坂さんは一瞬、手を引いてくれた。ぼうっとするわけにもいかない。
御坂さんのやさしさも、自分が生き返るためなのだろうけれど、僕はそれ以上の何かを御坂さんの中に見つけた気がした。
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