第2話 死にたい僕、生きたい少女

 ……ここはどこだ。

 目の前には黒とも白ともいえる空間が広がり、果てが見えない。


 目の錯覚かと思った。そこには確かに轢かれる直前に見た女子高生がいた。彼女の目が少しつり上がっているように見える。


「あのさ、ここどこ?」

「わからない」


 女の子はぶっきらぼうに答えた。僕と彼女との会話はいったん終了した。

 ため息を吐くと、彼女は僕を睨みつけた。


「ため息はやめて。私まで気分がわるくなるでしょ」

「僕だって、……」

 

 何か言おうとしたがやめた。文句を言っても不毛なことだ。


***


 彼女から少し距離を置こうときびすを返すと、どこからか声が聞こえた。上はないが上から、そして直接、頭に響くような声。ドスの利いた男性の声だった。


『お前たちはたった今死んだ』


「は? ふざけるのはやめて」


 彼女は声を荒げていた。が、僕は抗議に加わらなかった。僕は死んだ。ただそれだけが脳裏に浮かんで離れなかったからだ。


『ここは生と死の狭間はざま。これからお前たちの魂は、黄泉よみの国へと誘われる』


 黄泉とはあの世のことだろう。童話の世界だと思っていたが。


「ふざけないで!」


 女の子は必死に訴える。僕に対しては「あなたも何か言いなさい」と催促する。

 揺さぶられるが、言えるわけがなかった。死んだばかりの僕が、また生き返りたいなんて……。父のことが一瞬ちらついたが、無視した。


 彼女の目つきが再び鋭くなる。


「あなたも死ぬんだよ? なんで受け入れられるの? 私は受け入れられない。まだやりたい事もいっぱいあるし、まだ友達や家族と過ごしていたいから」


 それは彼女の事情だ。僕は死んだ、生き返らない。

 だが彼女を巻き込んだから、多少の責任は感じていた。


「あのさ、神様がいるかなんて、わからないけれど……」


声を低くして、見えない神様に向かって話す。聞き入れられるかはわからないが、話してみないことにはわからない。


「彼女を救うことはできないのか? 僕のわがままに付き合わせてしまったんだ。彼女は本当だと死なずに済んだのだから」


 数秒間を置いて男は答えた。顔は見えないが、考えている様子だった。


『できない』


「なんで?」


 間髪を入れず僕は問い返した。


『二人同時に死んでしまったのなら。二人とも黄泉の国へ行かなくてはいけない』


「そっか。ごめん、無理なんだね」

 

 彼女の顔は清々しささえ感じさせた。けど僕は拳をギュッと固めた。

 しかたがない……? 神様が言ったから納得しているのか?


「謝るな」


 その一言に彼女はせきを切ったかのように緊張の糸が解けた。声を荒げ、泣き始める。


「私はたまたま、助けようとしただけなのに……。死にたくないよ!!」


 彼女は嗚咽おえつした。

 僕は彼女の背中を擦った。女の子を泣かせて、そのままにするのは、男の意地プライドが許さない。


 だが、はあ、とため息が漏れた。彼女は泣き顔で、僕とどこかにいる自称神様を睨んでもいる。その瞳はどうしたらいいのかわからない絶望感と、蛇のような復讐心や恨めしさがあった。

 自分の人生で今までこんなにも睨まれたことがない。


***


 神様も女の子を泣かせた事に、良心が動いたのか、ある提案をした。


『そこの女子、死にたくないのか?』


「死にたくないわよ!」


 泣きながら彼女はそう答え、「誰だってそうでしょ」。

 ここに一人、死にたがりが居る。しかし無粋ぶすいなことは言えない。


『わかった。しかたがない。お前たち二人とも生き返らせる』


 声だけの神様を右手で制した。


「待ってくれ。なんで二人ともなのか? 彼女が生き返るのは分かる。けど、僕も?」


『しかたがないことだ。ここには掟がある。複数人でこの場所に訪れとき、" 全員を生き返らせるか "、それとも" 全員死ぬか " のどちらかだけしかない』


 目の前の彼女がいるから、僕は死ねなさそう。

 不満げに彼女を見ていたのか、女の子はシメシメといった顔で僕に目線を送り返した。性根が悪く見えた。


『さらに条件がある。お前たちは離れたり、互いに傷つけあったりしてはならない』


「何で?」

 

 彼女は咄嗟に質問し返した。


『なぜなら、お前たちは二人で一つの命を分け合うからだ。絶対に離れてはならない。離れれば、どちらも死んでしまう』 


「神様。僕が生き返っても、歓迎しない家が待っている。あの窮屈な日常に戻る気なんて、サラサラないよ」


『わかった。そこまで言うのなら、一つ条件を付け加えよう』


 気のせいか、神様の声が震えたように聞こえた。

 いいぞ、動揺している。


『そこの女子、君が彼を幸せにするんだ。ただし一年以内だ。もしできなかったら、どちらも死ぬ。達成できれば、二人にひとつずつの命をやろう』


 彼女は少し悩む様子を見せた。もしや……と思った。

 彼女はゆっくり口を開いた。


「わかりました。絶対に彼を幸せにして見せます」


 考えてみれば、僕を助けてくれたわけだから。僕と彼女は赤の他人にも関わらず。性根が悪いと思ったが、前言撤回。


 もし僕を幸せにできるなら、彼女の命が復活するだけでなく、自殺志望者を一人救うことになる。


 女の子は自信に充ち溢れた顔を見せていた。

 だが僕には黒く冷たい感情が渦巻いていた。これは逆恨みと、彼女への挑戦心だった。無性にこの自信を消したい。彼女は僕と一緒に死ぬ。僕の方こそ性根が悪いなと心の中で苦笑いするが、これが今の正直な気持ちだ。


 僕を見た女の子は、一瞬だけ不安気な表情を見せたが、すぐに表情を戻した。


「わかった。乗った!」


 僕はニヤリと笑い、見えない神様に言った。


『よし。これで二人とも納得したな』


 神様が言い終わった途端、辺り一面が光で満ちていく。


 僕は目を閉じた。目を閉じてさえもまぶたの裏まで光が入る。その途端、一瞬にして周りが暗くなった。


『二人とも頑張りなさい!』


 言ったのは自称神様だが、なぜか父のことを思い出した。少し厳格だが温かな口調が少し似ている気がした。

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