アンビリーバーズ

第1話 自ら命を捨てるな

 僕は希死念慮と戦っていた。

 兄弟といつも比べられる。兄貴ははっきり言うと、「何でもできる人」だった。反対に僕は、何も持っていない……。


 いつも兄貴はもてはやされ、見習うようにいわれる。全員が兄貴の味方だった。


 けど僕にも味方がいた。それは父だった。兄貴と僕を比べず、対等に接してくれた。父は唯一僕の理解者だった。


 ――だが、父はこの世から去った。

ガンだった。


 病室のベッドで息絶えた父は、儚くもあっという間に散ってしまった。

 そこから数日間、僕は学校に行けなかった。とてもじゃないが、父の死を受け入れたくなかった。


 一週間後、僕は学校に行くことにした。

 不幸中の幸いとでも言うのだろうか。父は社長だったため、しばらく生きられるだけの遺産を残してくれた。


 無理やり父の死を受け止め、学校に行こうとした日、母はこう言い放った。「やっと、学校に行くのね。目障りな人が居なくなって私にとって都合がいいわ」。僕の腸は煮えくり返った。


「放っておいてよ!」


 僕は歯を喰いしばって学校に行った。

 あの日以来、僕の家には居場所が無くなったと感じた。



 理解者が消えた僕には、生きる術が残されていないかに見えた。これ以上望みがないなら、この世から退場する他ない。あの人はなんて思うだろう。大概の親は子を憎んでいるように見えて、実際に家族を失ったら悲しむ。だけど母は哀しんでくれはしない。いつだってそうだ。


 僕は意を決して、屋上から飛び降りた。


 飛び降りたとき、父との思い出が蘇った。いい思い出だけしか思い起こされなかったが、最後に父の声がはっきりと聞こえた。叱責の声だ。


「自ら命を捨てるな!」


 痛みもなく起き上がる。しばらくは気絶していた……? 僕はなぜかマットの上にいた。


 死ぬことも出来なかった僕。放心状態で信号無視で道路を歩いていた。大型トラックが目の前に来ても、僕はむしろうすら笑いを浮かべた。

 その時、誰かが僕を突き飛ばした。僕と同い年くらいのその女子高校生は、僕と一緒に轢かれた。僕一人だけ死ねばいいのに、巻き込んでしまった。


 僕は死んだ。それは嬉しい。

 けどなんだろう。やるせないというか。いったん捨てたはずの命なのに、どうして惜しい。

 意識が戻ると、目の前にあの女子高生がいた。その女子高生はどこにでもいそうな感じだったが、どこか父の幻影が重なって見えるようだった。

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