3話 希望と初恋

1. 哀愁漂う妹


 ピピピピピ

 けたたましく高い音の機械音が鳴る。はっと目を覚まし、アナログ時計を見ると午前七時だった。


 右側に圧迫感を覚えたから、右側をふと見ると……

 そこには小学四年生ぐらいの女の子が寝ていた。


「なんでお前がそこに居るんだ!?」


 寝ていたのは僕の妹だ。名前は想像に任せる。


「えー、私たち、付き合ってから十年も経つんだし……」


 哀愁漂う言い方をした妹は、齢十年とは思えない。まるで五年や十年も付き合ったのに結婚しようとしない30歳間近かのカップルみたいな言い方だ。どこで覚えたのだろうか。


「わるいがお兄ちゃんは、妹に恋心を抱くなんてことはないからね」

「私たちの関係って、壁すらも越えられないものだったの……」


 涙ぐむ妹だがもちろん演技だ。朝っぱらからご苦労なことだ。

 これ以上言うと図に乗るから、僕はあえて沈黙を選んだ。妹はニヤリと不敵な笑みを見せ、


「引っかかんないな、つまんな。でもね、私はお兄ちゃんのこと尊敬してるから」


 と付け加えた。


 ベッドの中に入るなどわるい冗談だ。けれども彼女の笑顔を見ると、「尊敬している」とはほんとうのことのようである。



2. ハナイカリ ~花言葉~


 僕は学校の下駄箱の前にいた。一人も学校に来ていないから、きのうと同じ様子だ。今日も早過ぎたかな。

 

 僕は昨日と同じように一人だけの教室に入る。昨日と同じように席に座り、昨日と同じように足音が聞こえてくる。


 そして昨日と同じように……。

 ガラガラガラ。思わずビクンと体を震わせた。それはまるで、意を決したかのような音だった。



 昨日の女の子が口を堅く結び、こちらへ向かってきた。女の子は口をゆっくりと開き、話し出す。


「小浮気君、私は君のことが好きなんだよ」


 聞きなれない言葉に対し、しばらくの間、口をポカンと開けたまま間抜けな顔をしていた。


「急にいわれても……。ごめんすぐには返答できない」


 僕が答えると、少女は落ち込んだ様子はなく、冷静に思えた。

 しかし彼女の表情を見ていると自信のようなものが見て取れる。鈍感な僕はその意味がわからなかった。


「うん、いいよ。突然でごめん。じゃあさ、本題に入るよ。橘のこと昔好きだったんだよね。ひょっとして今も、好きなの?」


「橘のことは好きだよ」


 女の子の目を見ながら言った。


「ふうん。じゃあ私はいらないんだ?」

「え……?」

「小浮気は橘のことが、昔も今も好きだというのには変わらない。小浮気が幸せなら、私も応援するよ。けどね、私、諦めないから」


 ハナイカリの花に目は向けられなかった。花が散り、枯れてしまうかのように思えた。ところが、その花は今なお力強い。

 まるでそれは……。そうか、「希望」だ。

 ハイナイカリの花言葉は「希望」。彼女はハナイカリの花言葉を体現した「希望」そのものに見えた。



3. 第3話エピローグ 6年前の初恋


「なんで崖から飛び降りようとしたの?」


 六年前のことだった。

 僕は崖から飛び降りようとしていた女の子を助けた。


「ママとパパが交通事故で死んじゃって……。おばさんに引き取られたけど、おばさんがいじわるした……。だから、ママとパパに会いに行こうとしたの」


 女の子は泣きながらそう言った。


「そんなことしたって、ママとパパには会えないよ」


 その女の子は涙を手で拭ったあと、僕の目を不思議そう見つめた。


「君はいま辛いかもしれない。けどね、君のママとパパは試練を与えたんだよ。会いたいんだろう。だったらさ、それを乗り越えなよ」


 その女の子はしばらく口を開けたままになっていた。


 だけど少し時間が経ち、言葉を呑みこめたのか口元を引き締めた。

 顔立ちは先ほどとは打って違い、決意とも見える強い意志を感じさせ、彼女の瞳は透き通るようだった。

 彼女は自身に暗示をかける意味もあったのだろう、そして僕に対してもほほえむ。


「そうだね! 私、がんばるよ!」


 僕は彼女の純真な笑顔と、心の強さに魅かれた。


「僕の名前は『小浮気隆司』。君の名前は?」

「私の名前は……」



 6年後の僕は、彼女に初恋したシーンをリフレインさせた。ハイカナリさんの言葉で僕はハッキリと思い出すことができた。

 6年前に会ったあの少女は「橘真美」だった。

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