2話 恋心、揺らめく

1. ハナイカリ(前編)


 僕は歩きながら、橘と過ごす一週間について考えていた。


 淡い恋心とも呼べるような萌芽ほうががあった。

 けど橘だけには、そんな感情を抱かないような気がした。心の奥で黒く冷たいおりのようなものを感じる。なぜ……。


 そんなことを考えていると、いつの間にか学校の下駄箱で靴を履き替えていた。 僕以外は誰も来てはいない様子だった。

 あれ、休校日だったか? スクールバックから手帳を取り出すと、平日だった。腕時計を見ると07 : 30だった。ああそうか。6時起きだったから、いつもより余裕があったんだ。



 静寂に包まれた教室に入り、一人席に着いた。僕以外にはだれもいない。


 タッタッタッタ、廊下の方から足音が聞こえてくる。廊下は走るんじゃないぞ。けど僕以外に人が来るのはウェルカムだ。


 足音はこちらへと近づいてきた。扉の前で足音が途絶え、扉が開く。


 その戸を開ける音は弱弱しかった。戸を開けた主は……。

 なんだろうか。植物に喩えると、『ハナイカリ』のような人だった。いや、少し違うな。今は真夏だから、その花は今が一番美しい。すなわち「かわいい」の一言で表せるだろう。


 そんなことを考えていると、彼女の視線を感じた。思わずその視線の主を追う。

 女の子はいつの間にか僕の前にいた。


 その女の子は語りかけず、ただ茫然と立ち尽くしている様子だった。僕から声を掛けた。


「どうしたの?」


 その女の子は緩んだ口元を正すが、曖昧な笑みを浮かべた。


「なんでもないよ」

「え……」


 それから会話はなかった。



1. ハナイカリ(後編)


 帰りのホームルームも終わりに差し掛かったところだった。


「きょうは一緒に帰ろうよ」


 誰だと思ったら、今朝の女の子だった。


「なぜ?」


 適当な返答もないまま、成り行きで二人で帰ることになった。そしてお互いに沈黙の時間が続いた。


 駅まで歩く道のりが続く。もうだいぶ歩いた。僕は勇気を出して女の子に聞いて見た。


「なんで僕と帰る気になったの?」

「ちょっと、話したいことがあってね……」

「何かな?」


 告白シーンが頭を過ぎるが、僕はたいしてモテる人間ではない。おそらく別件だろう。


「小浮気、橘さんと何かあったの?」

「……君はそれをどこで?」


 驚愕した。近所にいたことすら把握してなかった橘が、会話に浮上するなんてなかったはずだ。


「橘さんね、なんか嬉しそうだったから。あの子、感情を表現すること少ないんだよ。隣に住んでいる小浮気なら何か知っているんじゃないかなって」

「橘は何て言ってた?」

「それはね……」


 女の子の顔は気まずそうな顔つきをした。それを聞いた僕は憤慨した。ただ同級生の目の前でその態度を表わさなかった。


「学校中に、『小浮気と一週間同棲するよ!』って言いまわっていたのは本当か!!」


 怒りで煮えくり返りそうだ。聞くところによると、僕のことを「なんで自宅警備員の小浮気と?!」とどこかの予備校みたいなフレーズをわざとらしく呟く者までいたようだ。悪ふざけはいい加減にしてくれ。



2. 自宅警備員の鏡


「小浮気、" 自宅警備員 "のお勤めご苦労様です」


 笑顔が痛い。どこまでズレた女だ。からかうのでなく意味がわかって使っているのだろうか。そもそも仕事でやっている警備員に失礼だろう。


 無駄な争いに付き合ってやろう。僕は「グッ……!」とわざとらしい擬声音を出して


「心に刺さるからやめろよ!」


 と苦情を入れた。半分冗談だが、半分は嫌だったからだ。


「毎日無休でのご奉仕、警備員の鏡です!」


 言葉が失礼じゃなければ、最高の同棲相手なのだが。


「う!!」


 演技が馬鹿らしくなるが、橘への対応としては不適切かもしれない。「だいじょうぶ?」と聞かれないあたり、ふざけているだけと思われている。



3. オチ話 " 私たち付き合っているじゃないの "


 ガチャリと鍵を開ける音がした。玄関の方を向くと、小学四年生の女の子がいた。彼女は僕の妹だ。


「家に帰ってくる……はっ、もしや彼女?! でも小学生に見えるから、どんなロリコンなの?」

「違うよ。僕の妹だよ」


 妹は靴を脱ぎ、こちらに向かって歩いた。

 妹は一連の流れを見て、小学生に似つかわしくない感慨ありそうな頷きを見せた。どうしたんだろう。


「隆志くん、私たち付き合ってるじゃないの」

「やっぱり……ロリコン」

「違う!!」


 妹からのネタバレがあり、勘違いした振りをした橘の謝罪があった。どうやら二人で僕をからかっていたらしい。

 けれども二人は根がいい子たちだったから、残りの時間は他愛のない時間を過ごせた。


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