第72話 残念美少女、遠足に行く14 

「むぅ、フォレストタイガーか!」


 ハイエク先輩の声に緊張が混ざる。

 木立から現れた五匹のフォレストタイガーが、ゆっくりこちらに近づいてくる。


「も、もうお終いよ……ああ、なんでこんな所に来ちゃったんだろう。ネリス、パーン、お母さんを許してね」


 座りこんでしまった左手の女性教師はワンドを抱えるようにして、泣き言に暮れている。

 しょうがないわねえ。

 私は、女性教師の脇に後ろから手を差しこむと、防御壁の所へ引きずっていく。


「あ、あなた、誰なの、いったい何を……ヒィー――」


 二、三回転、ぶりをつけてから、彼女の身体を壁の中へ放りこんだ。

  

「先生たち、頼りにならないわね」


 そう言いながらハイエク先輩の横に並ぶ。


「まあ、そう言うな。相手はフォレストタイガーだ。金ランクの冒険者が複数で相手するような魔獣だからな」


「先輩は怖くないんですか?」


「ははは、怖いよ。怖いが、師匠ほどではないからな」


 トゥルースさん、先輩にいったいどんな修行させたのよ。


「来るぞ!」


 自分の力に自信があるのか、フォレストタイガーは一度に襲いかかってこようとはしないようだ。

 先頭の二頭が、先輩と私の所にそれぞれ近づいてくる。


 グルルルル


 すぐ目の前に来た虎は、牙を見せつけるように口を開いた。

 

 ゴパンっ


 その口の中へ、私の正拳突きが決まる。

 巨大な虎は一瞬、「なんで?」というような表情を浮かべ、崩れおちた。


 もう一頭と戦っている先輩を残し、私だけ前にでる。

 近づいてくる私を見て、三頭の虎が身構える。

 一頭が私の左に回りこもうとした。


 距離を一気につめた私に、フォレストタイガーは右前足を鋭く振ってきた。

 それを紙一重でかわした私が、掌底をそいつの首へ叩きこむ。

 フォレストタイガーは、その巨体をすとんと地面に落とした。


 残りの二頭が、同時に跳びかかろうとする。

 その片方は、横から飛んできた水が当たった瞬間、身体が氷に覆われた。 

 そいつはすぐに氷を割って出てきたが、私にはその一瞬だけで十分だった。

 残る一頭を蹴りとばし、氷をふるい落とすのに身震いしている虎の頭部に掌底を当てる。


 軽く見えた一撃だが、虎は地面に叩きつけられた。

 蹴りとばしていた方の虎が、よろよろ立ちあがろうとしたが、その首にハイエク先輩の大剣が入った。


 先輩はまだ息がある虎にとどめを刺していたが、それが終わると呆れるような声で言った。


「レイチェル、お前、ずい分戦いなれてるな」


「いいえ、ダイエッ……えっと、フォレストタイガーとは何度か戦ったことがあるんですよ」


「そ、そうか? あまりに落ちついていたから驚いた……ぞ。おい、本当かよ……」


 顔が青くなった先輩の視線をたどると、森から人型の大きな何かが出てくるところだった。

 身長が三メートル近くありそうなその巨体を見て、私は昔話に出てくる赤鬼を思いだした。

 二本の角が額上部から出ているところ、腰に何かの皮を巻いているところ、棍棒を持っているところ、そして赤っぽい皮膚、なにからなにまで赤鬼そっくりだ。


「オーガとはな。さすがにここまでか……」

 

 ハイエク先輩は残念そうにそう言うと、大剣を地面に突きたてた。

 オーガは次々と森から現れ、その数は十を超えた。

 巨大な棍棒を手に悠々と近づいてきたそいつらが、先輩と私をとり囲む。

 それに合わせ私は、先輩と背中合わせのポジションを取った。


「先輩、しっかりしてください!」


 膝をつきかけた先輩に声をかける。

 

「だ、だが、オーガがこの数だぞ。もうお終いだ……」


「何を言ってるんです! そんなことでラサナさんに恥ずかしくないんですか!」


「ラサナ……そうだ。俺たちがここを守れないとラサナが……。くそう! 一体だけでも、道連れにしてやる!」


「何をヤケになってるんです。こいつらをやっつけて、美味しい晩御飯を食べるんですよ」


「そうだな! 油断するな、レイチェル!」


 オーガとの死闘が始まった。


 ◇


 オーガは手強かった。

 知能が高いのか、一体だけで突っこんでくるようなことはしない。

 その上、ヤツらが持つ巨大な棍棒がやっかいだった。

 スピードは遅いが、破壊力が半端ではない。

 それを何回か避けただけで、私の周囲は小型の隕石が落ちたような穴がそこかしこにできていた。

 

 その穴が行動の妨げとなり、なかなか相手に有効打を放てない。

 三体のオーガが戦闘不能になったところで、ハイエク先輩のスタミナが尽きた。

 オーガの棍棒をまともに大剣で受けた先輩が、私の右側に叩きとばされる。


「がはっ!」


 大剣から手を離した先輩は、膝を地面に着いた姿勢で血を吐いている。

 きっと内臓を痛めたのだろう。

 問題は、先輩が倒れた今、後方の守りができなくなったことだ。

 呼吸法の修練によって、背後にいる敵の位置は分かるのだが、まだ慣れていないこともあり、急な動きまでは察知できない。


 これは、さすがいヤバいわね。

 魔闘士の呪文を唱えたいんだけど、その隙をオーガが見逃してくれるとは思えない。

 私が詰んだと見たのだろう。

 オーガから鬨の声があがった。

  

「「「ガー!」」」


 私が死を覚悟した時、オーガが上げていた声が変化した。


 ビリビリビリビリッ


「「「ガガガガガ」」」


 あれ?

 なにこれ?

 棍棒を投げだしたオーガが、全員内股になってる。

 

「お姉ちゃん、今だよ!」


 あれ? 

 幻聴かしら、ドンの声が聞こえるわ。

 とにかく、今がチャンスね。

 

「え~、そんな~、あたし困りますぅ~♡」


 魔闘士レベル2の呪文を唱えた私は、内股になったオーガを一体ずつぶっとばした。

 立っているのが私だけになった時、上空からふわりとドンが降りてきた。

 その腕にはまっ白な魔獣、ミーちゃんが抱かれていた。

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