第71話 残念美少女、遠足に行く13 

 食事が終わり、私は持ち場である防御壁の外に戻った。

 隣に立つハイエク先輩にラサナとのことを尋ねてみる。


「先輩、ラサナさんのお兄さんだったんですか?」


「そんなはずないだろう。向こうは公爵家だぞ。ウチの家格からしたら、雲の上のような存在だ」


「じゃ、なんでお兄さんなんて?」


「たまたま、屋敷が近くにあってな。親同士に付きあいがあったものだから、彼女が小さな頃からよく世話をしていたんだ」


 しかし、能面のような顔のラサナが、ハイエク先輩の前では頬を桜色に染めていたのは、なんでだろう?

  

「そういえば、ラサナさんって婚約者がいるそうですね」


「むっ、そ、そうだ」


 おや、ハイエク先輩のいかつい顔に、困ったような表情が浮かんでいる。これは、もしかすると……。


「先輩、ラサナさんのこと好きですか?」


「な、な、なにを!?」


 ゴブリンの大群を目の前にしても、眉一つ動かさなかった先輩がこの動揺っぷり。  

 これは、あれですか、来てますか?

 ぐふふ。


『Y(・∀・)Y ツブテ、やっぱり残念!』

 

 あれ? おかしいな。また声が聞こえた気がする。


 ◇


 スタンピードの第二波は、猪のような魔獣の突進で始まった。

 木立の中から現れた猪は、私とハイエク先輩の姿を目にすると、もの凄い勢いでこちらに駆けてきた。

 まさに猪突猛進だ。


 近づいてきて分かったが、形は猪に似てるが、この魔獣は背中までの高さが二メートル近くありそうだった。


「ひいっ!!」


 左手で待機していた、貴族科の女性教師が悲鳴を上げる。


「フォレストボアだ! 気をつけろ!」


 ハイエク先輩がそう叫ぶが、何に気をつければいいか分からない私は、とりあえず魔闘士レベル1の呪文を唱えた。


「あたしが欲しいのね♡」


「えっ!?」


 ハイエク先輩は一瞬こちらを見たが、すぐに迫りくる魔獣に神経を戻したようだ。

 彼が呪文と共に左手のワンドを振る。

 ワンドの先から出た水が、先頭フォレストボアを捉えた。


 一瞬で凍りついた魔獣だが、その勢いからか、氷に閉ざされたまま突進が停まらない。

 

 パリン


 そんな音がして、氷の檻から解きはなたれた魔獣が、ハイエク先輩に襲いかかる。

 

「ふんっ!」


 先輩が右手に持った大剣を振る。その威力は、巨大な猪の突進が停まり、しかもその頭部が首まで左右に分かれたほどだ。

 剣を振りぬいた姿勢の先輩に、二匹目のフォレストボアが襲いかかる。


「せいっ!」


 私の掌底が体側に触れたその魔獣は、小石のようにすっ飛んでいき、右手で他の教師を襲おうとしていた魔獣の群れを巻きこんだ。


「助かる!」


 ハイエク先輩のお礼に応える間もなく、次の猪が私に踊りかかる。

 それが左へ弾けとぶ。

 先輩が、剣で切りつけたのだ。


「来るぞ!」


 そこからは、魔獣と人が入り乱れての乱戦になった。

 猪はゴブリンほどの数ではないが、一匹一匹が大きく力も強い。

 やっかいなのは、時々混じる小型の黒い猪で、これはスピードが速く、教師たちが撃つ魔術をかいくぐって襲ってくる。


 私は途中から、その黒い猪だけを狙うことにした。

 魔闘士レベル1の身体強化で魔獣に追いつくと、掌底を叩きこんでいく。

 どのくらい時間がたったか、ようやく猪型魔獣の波が終わった。


「ううう」

「くそう!」

「ぐう……」


 先生たちの多くが傷つき、地面に腰を降ろし、ポーションをあおっている。

 ハイエク先輩も汗だくで、右上腕と頬に傷を負っていた。


「先輩、ケガはだいじょうぶですか?」


「ああ、軽いものだ。それより、お前が変異種を倒してくれたおかげで、なんとか凌げたよ。


「あの黒い猪ですか?」


「ああ、あれはフォレストボアの群れに時々生まれるらしい。小さいが、力もスピードも普通のやつとは段違いだ。問題は、あれはめったに生まれるものではないことだ。どうやら、このスタンピード、何かおかしいぞ」 


「きゃーっ!」


 その時、左手にいる貴族科の女性教師がかん高い悲鳴をあげた。 

 彼女は、震える手で森の方を指さし、やっとのことでこう言った。


「フォ、フォレストタイガー……」


 森から現れたのは、私が見慣れた大型の虎だった。  

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