第66話 残念美少女、遠足に行く8

 森の中に続く一本道から学園の生徒たちの姿が消えた時、前方の土煙から飛びだす魔獣の姿が見えた。

 それは、宿泊所に来る途中で私が退治したフォレストウルフだった。

 ただ、その数が違う。


 森の道いっぱいに並んだフォレストウルフは口を開き、そこから鋭い牙が見えていた。よだれを撒きちらし、こちらへ向かってくる。


「あたしが欲しいのね♡」


 その呪文で私の身体が薄青く光りはじめる。

 呼吸法の修行を始める前より、光が強くなっていると感じられた。


「え~、そんな~、あたし困りますぅ~♡」


 魔闘士レベル2の呪文を唱える。

 ああ、学園の生徒たちが側にいなくてよかった。

 なぜか私の脳裏に、ナティンの丸っこい顔が浮かんだ。


「いや~ん、こんなところでぇ♡」


 魔闘士レベル3。

 身にまとう青い光がさらに強くなる。

 魔獣は、すでにすぐ近くまで迫っている。その赤く血走った目で、ヤツラが正気でないと分かった。


「ご飯にする? お風呂にする? それとも、あ・た・し♡」


 魔闘士レベル4。

 青い光は、私を球状に包みこんだ。

 修行の成果だろう、明らかに青い光が以前より大きく、そして明るくなっている。


 先頭を走る数匹の魔獣が、目の前の獲物、つまり私に跳びかかった。


 ◇

 

 意識せず、私の手足が最適な曲線を描き、魔獣を弾きとばす。

 私自身、全く力は入れていないのだが、魔獣へのダメージは今まで以上だった。

 中には爆発したように体が四散したものもいる。

 呼吸法を修行した成果が、さっそく出た形だ。


 しかし、道を黒く埋め、駆けてくる魔獣は途切れなかった。

 このままでは効率が悪い。

 私は呼吸を整え、身体の力をさらに抜いた。

 第二陣、およそ十匹ほどの魔獣が襲いっかかってくる。


「せいっ!」


 エネルギーが地面から足の裏、脚部、腰、背中、肩を滑らかに通り腕へ伝わる。私の掌底が、フォレストウルフの頭部に触れた。


 ボボボッ


 その瞬間、そいつの身体が爆散し、その欠片が散弾のように後続の魔獣に降りそそぐ。それが当たった魔獣がさらに四散。連鎖式に幅三十メートルくらいにわたる魔獣の群れが肉片になった。

 技の軌道から外れていた数匹を個別に屠った後、三度目の攻撃に備える。


 今までで最多、ニ十匹ほどの魔獣が襲いかかる。

 狙う魔獣自身の身体が他の魔獣にとって邪魔になるよう、円の動きで立ち位置を変えていく。

 左の掌底が魔獣に触れ、その体が粉々に弾ける。

 それが広がる範囲にいた魔獣が、まき込まれた。 


 ボボボボッ


 私を中心に、扇形をなす範囲の魔獣が壊滅する。


「よーし、調子出てきたー! 来いや、おらーっ!」


 私は気合を入れ、次の襲撃に備えた。


 ◇


 夢中で戦っていたので気づかなかったが、いつの間にか自分の身体を覆う、青い光が消えていた。

 道にはタールのようになった魔獣の死骸がある。

 これでは、何匹いるかさえ数えられないわね。

 

 呼吸を整えると、自分の感覚が研ぎすまされていくのが感じられる。

 左右の森に多数の気配が感じられた。

 魔闘士レベル1の呪文を唱え、全力で後方へ下がる。


「ぎゃぎゃうっ!」

「ぎゃうぎゃう!」

「ぎゃんっ!」


 肩越しに振りかえると、先ほどまで私がいた所に森から現れた魔獣が殺到していた。

 ぶつかり合った魔獣がお互いに噛みつきあい、まさに混乱そのものとなっていた。

 左右の森から襲いかかられると、さすがに分が悪い。

 ここは、一度引くことにした。


 ◇


 宿泊所に帰ると、生徒たちが壁の外側に生えた木々を伐採しているところだった。


「レイチェル!」


 メタリが私に飛びつく。


「ぶ、無事だったのね……」


 よほど心配していたのだろう。

 彼女は私に抱きついたまま、泣きだしてしまった。


「お帰りなさい、レイチェルさん!」

「無事でよかったよ!」


 マンパとアレクも、笑顔で涙を浮かべている。


「よかったんだな!」


 ナティンがお日様のような笑顔でこちらを見ている。


「レイチェルさん、あなた一人で残ってたの!?」


 シシン先生が、血相を変えている。


「ええ、まあ」


「ワンドも持ってないじゃない! いい加減になさいっ! 命が惜しくないのっ!」


 先生は青い顔で怒っている。

 これは、言い訳が利きそうにないな。


「ふぉふぉふぉっ、先生、まず落ちつきなされ」


 トゥルースさんがシシン先生の肩を軽く叩くと、彼女の表情が変わった。


「あ、あれっ!? 私、なにしてたの?」


「……私を叱っていました」


「そ、そう? レイチェルさん、もう単独行動しちゃだめよ」


「はい、先生」


 先生は付きモノが落ちたような顔になり、その場を離れた。

 トゥルースさんが、そっとメタリを私から離す。


「あれ!? 私、どうしてたのかしら?」


 メタリも落ちついた表情になっている。

 私はトゥルースさんに連れられ、彼の小屋に入った。


 ◇


「ふむ、最初は道から攻撃してきた魔獣が、森の中から挟みうちしてきたのじゃな」


 トゥルースさんは、私の話を聞きながら白いあごヒゲを撫でている。

 彼の小屋に入った私は、椅子に座るなり、森であったことを話していたところだ。


「それは普通でないのう……」


 彼は棚の開き戸を開け、そこからクリスタルを取りだすと、それに口を近づけ、小声で何か話していた。

 

「ロッジに帰って休んどきなさい」


 彼は私にそう告げると、小屋から出ていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る