第3部 残念美少女、守る

第67話 残念美少女、遠足に行く9

 ロッジに帰ると、共有スペースに生徒たちが集まっていた。

 座っている生徒たちの中、ロッジにおけるリーダーである、デジュ先輩だけが立っていた。


「レイチェルさん、早く座りなさい。大事な連絡があるの」


 私はメタリの隣に座った。


「命に関わることだからよく聞きなさい。先生たちの話だと、もうすぐここを魔獣の群れが襲うらしいの」


 いつもは柔らかい話し方をするデジュ先輩の声が、緊張で震えている。

 

「私たち、ど、どうなっちゃうの!?」

「怖いっ!」

「大丈夫なの!?」


 生徒たちがざわつく。


「静かに。先生の話では、この宿泊所の敷地は塀に守られているから大丈夫だそうよ」


「でも、魔獣がそこを越えてくるかも」


 私たちと同室の貴族サリーナが、不安そうな声を上げる。


「塀は魔獣が越えられない高さに作ってあるそうよ」


「そ、そうですか」


 その時、サリーナの隣に座っていたラサナが口を開いた。


「越えられなくても、破られる可能性はある」


 彼女の静かな声で、一度安心しかけたみんなが、再び不安に駆られたのが分かった。


「ラサナ様、いえ、ラサナさん、今は冷静に行動した方がいいでしょう」


 ラサナがタリラン国王の姪だからか、デジュ先輩の声に遠慮が感じられた。

 

「とにかく、魔獣の群れがここを通りすぎるまでは、絶対にロッジから出ないように」


 デジュ先輩は、最後にみんなを見まわしてそう言った。

 彼女が大部屋から出ていくと、二十人ほどいる女子生徒たちが、口々に話しはじめた。


「どうしよう!」

「私、もうおうちに帰りたい……」

「神樹様、お守りください」

「えっく、えっく、まだ死にたくない……」

「お母さん……」


 学年が下の生徒には、涙を流している子もいる、

 メタリも、強張った顔で涙を浮かべている。


「死ぬなんて嫌。まだ、告白もしてないのに……」


「マンパ君に話してあげようか? どこかで待ちあわせできるように」


「レ、レイチェルさん! 私がマンパのこと好きって、どうして知ってるの?」


「だって、メタリってとっても分かりやすいんだもの」


「ぜ、絶対にマンパに言っちゃダメだよ!」


「分かってるわ。私が伝えるのは、待ちあわせの場所だけよ」


「……ありがとう。でも、もう無理ね」


「なんで?」


「遠くから来たレイチェルさんは知らないかもしれないけど、先輩が言ってたのはスタンピードのことだと思う」


「……スタンピードってなに?」


 知っているとも言えない私は、そう尋ねた。


「何かの理由で発生した魔獣の大群が、一方向に暴走することを言うの。それによって、街はもちろんだけど、国まで滅んだことがあるらしいわ」


「よく知ってるのね」


「私、歴史の先生になるのが夢なの。今となっては、叶わない夢だけど」


「メタリ、安心して。私がきっと何とかしてあげる」


「ははは、レイチェルさんは、相変わらずね」


 メタリは、私が冗談を言ったと思ったらしい。

 でも、彼女の表情は少しだけ明るくなった。


「あなたみたいな友達と一緒に死ねるなら、それもいいかもね」


 メタリは、悲しそうな笑顔を見せた。

 肩を叩かれ振りかえる。

 そこには、上級貴族の娘だというラサナがいた。

 なぜだか知らないが、彼女は顔を赤くして怒っているようだった。

  

「あなた、スタンピードを止められるなんて、本気で考えてるの?」


 小柄なラサナが、わたしを見上げるようにして立つ。両手を腰の所に当てている。


「ええ、そうよ」


「愚かね! 遠国の出身だから知らないのも無理はないけど、スタンピードは一人の人間がなんとかできる規模のものではないのよ」


「そうかもね」


 ラサナが首を左右に振ると、そのサラサラの髪がふわりとその顔にまといついた。

 彼女はそれを払おうともせず、震える言葉を投げかけてきた。


「私があなたを許せないのは、その人に、ありもしない希望を持たせようとしてること。絶望しかない人に、そんなことしないでっ!」


 感情を初めて露わにしたラサナが、整った顔を歪めて叫ぶ。

 もしかして、この、いい人かもしれないわね。


「メタリのこと、心配してくれてありがとう」


「なっ……」


 私の言葉にラサナは、言葉を失った。

 トゥルースさんの小屋に行くため、玄関のドアに手を掛ける。


「あなた、たった今、ロッジから出ないよう言われたばかり――!」


 ラサナの言葉が背中から追ってくる。

 私は玄関の扉を後ろ手に閉め、外へ出た。


 ◇


 ロッジの外に出て、小屋の方へ行こうとすると、広場の方に人が集まっているのが見えた。


 先生たちが、何やら話しあっているようだ。皆、授業の時には見たことがない、動きやすい服を身に着けていた。


「おい、お前、なぜ外に出てきた!」


 声を掛けていたのは、腰に大きな剣を提げたハイエク先輩だった。一人だけ先生たちと一緒にいたらしい。

 巨体の彼が血相を変え近づいてくるのは、なかなかの迫力だった。


「ふぉふぉふぉ、そのはよいのじゃよ」


 ハイエク先輩の巨体に隠れていたが、その後ろからトゥルースさんがひっこり顔を出す。


「しかし、お師匠様――」


 先輩は、なぜかトゥルースさんに恭しい態度を取った。

 でも、「お師匠様」って何?


「この娘は、お前の妹弟子じゃ」


「えっ!? こんな華奢な子が?」


「そうじゃよ。お前が一年かかった呼吸法の修行。この娘は、一週間でこなしおった」


「ばっ、馬鹿なっ!?」


「こやつにも力を貸してもらうつもりじゃ」 


「しっ、しかし、相手はスタンピードですよ!」


「じゃからこそ、この娘の力が必要なんじゃ」


 トゥルースさんは細い手を伸ばし、私の肩をポンポンと叩いた。


「レイチェル、期待しとるぞ」


「エロ爺っ!」


 私がそう返事を返したのは、彼が私の肩を叩いたその手で、お尻を撫でたからだ。

 殴りつけた私の拳は、まるで彼の身体をすり抜けるような感覚で、見事にかわされた。


「エロ成分でも補給せんことにゃ、これからの大仕事やっておれんわ、ふぉふぉふぉ」


 トゥルースさんは、笑いながら先生たちの所へ戻っていった。

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