第65話 残念美少女、遠足に行く7

 私とナティンが貴族の少年たちを水場に連れかえると、一騒動起きた。

 貴族の生徒たちが、口々に言ったのだ。


「平民がっ! 何てことするんだ! 覚悟はできてるだろうな?」

「ゲスどもがっ!」

「父さんに言いつけてやるわ!」


 しかし、私の一言で彼らは黙った。


「あんたたちも、同じ目に遭いたいの?」


 目を覚ました四人の少年たちを連れ、貴族たち全員が水場を離れた。 


「レイチェル! もう、ホントに無茶するんだから! 心臓が止まるかと思ったわ。だけど、この後が大変よ。アイツら、きっと実家に泣きつくわ。そうなると、親がこの事を問題にするわよ」


「ふふ、来るなら来いよ」


「レイチェルさんの冗談がまた出たわね。だけど、今回は冗談で済まないかも」


 メタリは不安そうに眉を寄せている。


「安心して、今は言えないけど、絶対にそうはならないから」


「……よく分からないけど、とりあえず今はそれでいいわ」


 メタリは、立ちあがった。


「じゃあ、出発するわよ。水筒忘れないように」


 こうして私たちは、水場から元の道へと戻った。


 ◇


「遺跡まであと半分、あと半分」


 メタリは森の中を続く道を歩きだすと、呪文のように同じ言葉を繰りかえしている。

 アレクとマンパは、さっき森の中であったことをナティンに根掘り葉掘り尋ねている。


「レイチェルさんが、二人の頭をこうやってゴーンってぶつけたんだな」


「ははは、そんなはずないよ」


 マンパは、ナティンの言葉を信じていないようだ。


「さすが、ツブ、いや、レイチェルさん!」


 アレクは納得顔だ。


「な、なんだろう、あれ?」


 メタリが前方を指さした。

 先に進んでいたはずの生徒たちが、こちらへ駆けてくる。

 私がまず思ったのは、スタンピードがすでに始まったのではないかということだ。

 しかし、集団が近づいてくると、それは私の思いちがいだと分かった。


 背が高い上級生の後ろに隠れるように、私とナティンにやっつけられた四人のイジメっ子がいる。

 一番大柄な生徒が、口を開いた。


「平民のくせに、貴族に手を出したヤツは誰だ?」


 頭のまん中で左右に髪を分けた、四角い顔の生徒だ。口ひげ顎ひげまで生やしている。恐らく上級生だろう。

 彼を見てトランプのキングを連想した私は、笑いをこらえるのに必死だった。


「ハートンさん、あ、アイツです!」


 額にタンコブを作った生徒が私を指さしそう叫ぶ。


「お前か! 平民の、しかも女の癖に、貴族の男にこんなことしてタダで済むと思ってるのか!?」


「貴族? 男? 立場の弱い者をイジメるヤツは貴族でも、男でもないわ、ハートのキングさん。ぶはっ!」


 最後のは、思わず相手を「キング」と呼んでしまい、自分の言葉に噴きだしてしまったのだ。

 ああ、反省反省。


「きっ、キサマっ! 貴族を愚弄ぐろうしおって!」


「ぐ、愚弄……アハハハハ!」


 キングの言葉が笑いのツボに入ってしまい、私はお腹を抱えて笑ってしまった。


「ゆ、許せん! お前に決闘を申しこむ!」


 彼がそう叫んだとき、彼らの背後から、大勢の足音が聞こえてきた。

 森の道いっぱいに生徒たちが駆けてくる。先生の姿もあった。


「あ、貴方たちっ! すぐに逃げなさいっ!」


「へっ!?」


 キング先輩は、先生の言葉に意表を突かれたようだ。

 その顔つきが、さらに私の笑いを誘った。


「アハハハハハ!」


 私の背中を叩いているのはメタリだろう。

 まあ、こんなことしてたら、私だって友達を止めるもんね。


「ま、魔獣が、魔獣の大群がっ!」 


 一人の先生が、私たちの横を走りぬけながらそう叫ぶ。

 ポカンとした顔をしていたキング先輩も、一瞬後ろを振りかえるとまっ青になり、先生たちの後を追いかけていく。


「レイチェル! 急いで!」


 メタリが私の手を引っぱる。

 だけど、ここで逃げるわけにはいかないんだよね。

 エロジジイ師匠から言いつけられた修行の一環だから。


「メタリ、急いで逃げて! すぐに追いつくから」


「ホ、ホントねっ!?」


「うん、私は大丈夫!」


「じゃ、絶対にすぐ来てよ!」


 レイチェルがアレクたちと逃げはじめる。

 ナティンが、私の横に並んだ。


「レイチェルさんが残るなら、ボクも残るんだな」


「ナティン、ここは私を信じて。あなたがいると、私は思いきり力が出せないの。お願い、メタリたちを守ってね!」


「……う~ん、レイチェルさんが言うことは正しいから。じゃあ、必ず後から来るんだな」


「うん、絶対に追いつくから」


「約束なんだな」


 私と目を合わせそう言うと、ナティンは背中を向け駆けだした。

 振りかえると、道の向こうで砂ぼこりが上がっている。 

 魔獣の群れが来たようね。

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