第5章 残念美少女、遠足に行く

第1部 残念美少女、師匠と出会う

第59話 残念美少女、遠足に行く1

 それから一週間。つまり、この世界で六日間、貴族が何かしてくると思っていたが、そんなこともなく平穏無事に過ぎた。


 今日から、平民クラスと貴族クラス合同の遠足がある。

 遠足といっても、森の中を通り、山にある宿泊施設まで行くわけだから、魔獣に襲われる危険もある。

 そして、生徒たち一人一人は、先生から行動をチェックされ、それが実技授業の成績に加点される。


 生徒たちは、ワクワクと緊張で、昨夜あまり眠れなかった者が多いようだ。みんな目をこすったり、あくびをしている。

 私? 私は、いつもよりぐっすり寝たわよ。


 ◇


 生徒たちは、以前カリンガ先生が魔術実技の授業をした広場に集まった。

 それぞれが、携帯食と水筒を入れたカバンを背負っている。

 置かれている演台に、学園長のヴェルテール先生が登ると、ざわついていた生徒たちが静かになった。 


「今日から、遠足が始まる。上級生は、すでに分かっていると思うが、これは命懸けの実習になる。先生方は、君らが本当に危なくなったときだけ、サポートする。しかし、いつも先生の目が届くと思わない方がいい。貴族クラス、平民クラスの分け隔てなく、お互いに助け合うように。各班は、最上級生のアドバイスをよく聞き、無事に学園まで帰ってきたまえ。では、健闘を祈る」


 さすが異世界。こんな企画、地球なら保護者が黙っていないだろう。


 私たちのクラスは、七班あるうちの第三班に属する。

 この班には、同じクラスから、三人の男子アレク、マンパ、ナティンが選ばれた。女子は、私とメタリの二人だ。

 クラスリーダーは、メタリだ。

 

 班リーダーは、最上級生で上級貴族の息子ハイラク先輩だ。身長が百九十センチはありそうな大きな人で、ゴツイ体は制服の上からでもひき締まってるのがわかる。

 アレクの話では、魔術はもちろん近接戦闘も凄いらしい。 

 まさしく頼りになりそうな先輩だった。


 班長から諸注意があり、一人一人が自己紹介すると、いよいよ出発だ。


「各自、ワンドがすぐ使える位置にあることを確認して……では、出発!」


 ハイラク班長の太い声で、私たちは森への道を進みだした。


 ◇


「ふう、今回は遠回りだから大変だわ」


 出発早々、メタリがそんな言葉を漏らす。

 荷物が思ったより重いからか、その額にはもう汗が浮かんでいる。


「遠回り?」


「ええ、レイチェルも、この前のスカンプ騒動覚えてるでしょ。あの一帯を避けて進むから、かなり遠回りになるの」


 遠足のせいでミーちゃんに会えないことを思いだし、寂しくなった。

 この遠足中は、ドンが彼女の面倒を見てくれている。

 

「君たち、おしゃべりより周囲によく注意を払いたまえ。魔獣は、こちらの都合に合わせてはくれないぞ」


「「はい」」


 ハイラク先輩から指摘され、メタリと私は黙って歩きだした。


 ◇


 昼過ぎに森を抜けると、山岳地帯に入った。

 ひらけた場所で各班ごとに集まり昼食をとる。

 小柄なメタリは、数時間歩いただけでぐったりしている。アレク、マンパは元気なもので、先輩や後輩とおしゃべりしている。

 食事の後、メタリは敷物の上に横になり、仮眠をとっている。私は、一人静かにお弁当を食べているナティンの横に座った。

 

「ナティン君、貴族の先輩たちは、あれから何もしてこない?」

 

「うん、してこないんだな。やっぱり、あれ、魔術の練習だったんじゃないかな?」


「ぜ~ったいに、それはないから。あれは、間違いなくイジメそのものよ」


「そうなのかな?」


「絶対にそうよ」


「レイチェルさんが言うなら、そうかもなんだな」


 食事を終えると、ナティンと話をした。

 彼は辺境の出身で、幼い頃はやり病で父親を亡くしたそうだ。

 弟が一人、妹が二人、彼と合わせて四人の子供を抱え、彼の母親は途方に暮れた。

 幸い彼が住んでいた小村には、隣人がこぞって困ったものを助ける慣習があり、そのため、ほとんど不自由なく育ったらしい。

 学園に入学できたのも、魔術の才能があった彼を村ぐるみで後押ししてくれたからだ。

 

 おっとりした彼の性格は、そういう生いたちが影響しているのかもしれないわね。


「ふうん、素敵な村なのね。私も一度行ってみたいな」


「いつか来るといいんだな」


 学園を卒業したら、故郷の村で守護役、つまり警備兵をするのがナティンの夢だそうだ。

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