第60話 残念美少女、遠足に行く2

 左右に岩が転がる山道を進んだ私たちは、遠くに木造家屋が並ぶ村のようなものを見つけた。


「宿泊所が見えてきたぞ」


 疲れてノロノロと歩いている後輩たちを振りかえり、ハイラク先輩が元気づけるようにそう言った。

 私はちっとも疲れていなかったから、鼻歌まじりで先頭を歩いていた。

 進行方向の茂みが揺れると、私の前に中型犬くらいの黒い魔獣が現れた。


「な、なんだっ!」

「ま、魔獣!」

「ワンドを構えてっ!」


 後ろからそんな叫び声が聞こえる。

 魔獣は唸り声を上げ、私に襲いかかる。

 

 ドンっ


「ギャウン……」


 私の掌底を首に受けた魔獣は、一声上げると灌木の中に突っこみ、動かなくなった。

 

「な、何が起きた?」


 ハイラクの巨体が慎重に魔獣へ近づく。


「死んでるようだ」

「ど、どういうことです?」

「そいつがレイチェルさんに襲い掛かったように見えましたが」


 後ろの集団が私たちに追いつき、生徒たちが騒ぎはじめた。


「どうしたの?」

「魔獣が出たんだって」

「こ、怖いっ!」


 メタリが私に近づいてきた。


「レイチェル! よかった、無事だったのね!」


「心配してくれてありがとう。でも、弱い魔獣だったから」


「まあ、レイチェルったら、そんなに強がって。宿泊所までは、一緒に歩いてあげるからね」


 メタリはそう言ってくれたが、疲れている彼女はやがて遅れがちになり、やはり私が一人で先頭を歩くことになった。

 その後も数度にわたり魔獣が襲いかかってきたが、そのいずれも一撃でほふった私は、みんなが騒がないよう魔獣の死体をマジックバックに隠しておいた。

 こうして私たちは、なんとか明るいうちに宿泊所まで歩ききった。


 ◇


「みなさん、よう来なさったな」


 宿泊所に入る門の所で出迎えてくれたのは、腰が曲がった老人だった。

 

「今年もお世話になります」


 大柄なハイラク先輩が、腰を曲げ挨拶している。

 私たちも、それにならい礼をした。


「ふぉふぉふぉ、今年の生徒は礼儀正しいのう」


 宿泊所には、丸太造りのロッジが並んでいた。

 敷地の周囲には、壁として先を尖らせた丸太が並んでいた。

 魔獣の侵入を防ぐためだろう。


 間もなく他の班も次々に到着し、宿泊所中央にある広場に集まった。

 魔法実技の授業でお馴染みのキザ男、カリンガ先生が広場中央にある台に登った。


「各班長は、人数の確認を済ませているね? 今回は例年になく魔獣の数が多いのか、三つの班が魔獣の攻撃を受けた。宿泊所の中でも、気を抜かないように。常にワンドを携帯し、三人以上で行動したまえ」


 私が少し考え事をしていると、メタリが呼びに来た。


「レイチェルさん、三人一組で行動するのよ。私たちのロッジは向こう」


 私たちのロッジは宿泊所の端にあった。

 丸太の壁から十メートルも離れていない。

 あんな場所で大丈夫だろうか。

 

 ◇


「このロッジでは、私が責任者です」

 

 ロッジの共有部分に集まった私たちの前に立ったのは、すらりとした優しそうな女性だった。

 

「七回生のデジュです。分からないことがあったら聞いてください。お風呂に行ったり、ロッジから出る時は必ず三人以上で行動する事。ワンドも常に使えるようにしておくのよ」


 デジュが私たちを見回すと、肩まであるさらりとした髪がふわりと揺れた。

 横を見ると、メタリがキラキラした目でデジュさんを見ている。


「ああ、デジュ先輩! 憧れちゃう」


 ぼうっとしているメタリの手を引き、自分たちに割り当てられた部屋に入る。

 部屋は二段ベッドが二つあるだけの殺風景なものだった。


「私はサリーナよ、よろしくね」


 そばかすの目立つ、巻き毛の少女が自己紹介する。


「上の段は私たちが使うから」


 彼女はそう言うと、さっさと上のベッドに昇る。

 もう一人、ストレートの髪をした小柄な少女は黙ったまま、やはり上のベッドに登った。


「あんたたち……」


 私が文句を言おうとすると、メタリに袖を引っぱられる。

 彼女は私の手を引くと、共用部分から外に出られるウッドデッキに出てから声をひそめた。


「レイチェル、あの人たち、貴族クラスなの。絶対に逆らっちゃダメだよ」


「なんで?」


「えっ……」


 メタリは驚いたのか、口を少し開け固まっている。


「だから、なんで逆らっちゃダメなの? あの人たち、上級生?」

 

「いえ、違うけど」


「じゃ、なんで?」


「レイチェルさんは、遠方の出身だったわね。この国では、平民は貴族に逆らえないのよ」


「ああ、あの人たち、貴族クラスなのか」


「そうよ。特に、さっき黙っていた方の子ラサナさんは、正真正銘の上級貴族。現国王の姪だそうよ」


「え? タリラン、いえ、陛下の姪子さんなのか」


「もう、隣国の公爵家に許嫁いいなずけもいるそうよ」

 

「ひゃー! あんなに若いのに?」


「この国では貴族の婚姻は十八歳までに行われるのが普通なの。だから、彼女に許嫁がいるのは、全然不思議じゃないわ」


 メタリの言葉に、私は今までそれほど意識しなかった文化の違いを感じていた。

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