第58話 残念美少女、助ける

 その日の放課後、少しでも早く寄宿舎に帰って、ミーちゃんと遊ぼうと考えていた私は、いつもは通らない植えこみの中を歩いていた。

 緑の葉をみっしり茂らせた木の横を通るとき、その向こうから声が聞こえてきた。


「じゃあ、もう一回いくぞ、ナティン君」


「うん、いいんだな」


 そのまま通り過ぎようとした私は、足を停めた。

 確か、ナティンというのは、同級生でアレクの友達だったはずだ。

 木陰から覗くと、ワンドを手にした数人の少年と、彼らから少し離れたところに立つナティンの姿があった。ナティンは、なぜか全身がずぶ濡れだ。


 一人の少年が、ワンドを構えると、魔術を詠唱した。


「水の力、我に従え。ウオーターボール!」


 ワンドの先にできたテニスボール大の水玉が、ナティンの方へ飛んでいく。

 ナティンは避けようとしたが、水玉は彼の頭部を捉えた。

 彼は、その衝撃で後ろに倒れた。


「おおっ! 当たったぞ!」


 魔術を放った少年が、自慢気な顔でそう言った。


「あううう」


 ナティンは、うめき声を上げている。


「ナティン君、大丈夫かい?」


 魔術を唱えた少年は、ワンドで自分の肩をトントンと叩きながらそう言った。そこにはナティンを心配している様子なんて微塵もなかった。唇の端に冷笑さえ浮かべている。


「ナティン君が魔術の練習につきあってくれるから、ボクたちホント助かるよ」

「あははは」

「へへへへ」


 少年たちが嫌らしい笑い声を上げる。


「あたしが欲しいのね♡」


 念のため魔闘士レベル1の呪文を小声で唱え、木の後ろから出ていく。


「だ、誰だっ!?」


 さっき魔術でナティンを倒した少年は、私の登場にかなり驚いたようだ。


「ナティン君と同じクラスの、レイチェルよ」


「ほ、ほう、見ない顔だな。お前も、魔術練習の相手をしてくれるのか?」


「もちろんよ」


「えっ?」


 思わぬ答えがかえってきたからだろう。少年が目を見開く。


「さあ、私の準備はいいわよ。早く呪文を唱えなさい」


「下級生のくせに、生意気なヤツだ! 見てろよ。水の……」


 バシン ガサガサガサ 


 私の手のひらで顔を押された少年が、詠唱の途中で木立に突っこむ。


「ぐぐぐぅ」


 枝の中から、そんな声がするから、意識はあるみたいね。


「畜生、くらえ! 水の――」


 バシン ガサガサガサ 


「くっ、水の――」


 バシン ガサガサガサ 


「うわっ、水の――」


 バシン ガサガサガサ 


 呪文を唱えかけた少年が、次々と植えこみに突っこむ。

 これじゃ、魔闘士レベル1の呪文なんて無駄だったわね。


「ううう」

「あああ」

「ぐぐぐ」


 木立の中から聞こえる少年たちのうめき声を背中に、ナティンの手を取り彼を立たせる。


「あ、ありがとう」


「ナティン君、あなた、こいつらにイジメられてたのよ」


「え!? そうなんだ。ボク、魔術の練習だと思ってたんだな」


「あんなのが練習のワケないでしょ!」


「知らなかった。レイチェルさんは、頭がいいんだな」


 丸顔の少年は、つぶらな目を瞬かせながらそんなことを言った。

 

「さあ、行きましょう」


「うん、そうするんだな」


 ナティン少年はイジメを受けたことが全く気にならないようで、ニコニコしている。

 私たちは、まだうめき声が続いている木立を後にした。


 ◇


 次の日、授業が始まる前、昨日あったことをアレク、メタリに話した。


「くそう、ヤツら、まだそんな事してたのか!」


 温厚なアレクが、顔を赤くして怒っている。

 メタリが心配顔でこちらを見る。


「でもレイチェル、そいつら上級生だったんでしょ?」


「そうみたい」


「恐らく、そいつらは貴族科の先輩だよ」


 アレクが赤い顔のままそう言った。


「貴族科?」


「そう。この校舎と平行にもう一棟あるでしょ」


 メタリは、何か考えこむような表情で説明する。


「ああ、そういえばあるわね」


「あそこには、貴族だけが入れるの。貴族は幼いころから英才教育を受けるから、魔術や学科で、こちらの平民クラスとは、かなり差があるのよ」


 なるほど、能力的にも違うから校舎を分けているのか。


「レイチェル、気をつけて。ヤツら陰湿だから、君も狙われるかもしれない」


 アレクは、初めて見る真剣な顔をしている。


「そう、そうなればいいわね」


「なぜ?」


 メタリが、顔じゅうに「?」マークをつけている。


「返り討ちよ」


「「えっ!?」」


 アレクとメタリが、ギョッとした顔をする。


「ああ、いつもの冗談ね。もう、レイチェルったら」


 メタリが笑顔になる。


「なんだ、冗談か」


 アレクも納得したようだ。

 決して冗談ではないんだけど、二人にはそう思っておいてもらいましょう。

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