第55話 残念美少女、におう  


 木々に囲まれた草原で、私は五人の同級生にとり囲まれていた。


「あなた、生意気よ」


 そう言ったミャートが、こちらに右手を伸ばす。

 ローブの陰から出てきた彼女の手には、磨かれた木のワンドが握られていた。

 他の四人も、ワンドをこちらへ向けた。


「どう、レイチェルさん。ひざまずいて許しを乞えば許してあげなくもないわ」


 ミャートは顎を少し上げ、こちらを見下す格好だ。


「本当に、ひざまずけば許してくれるの?」


 私が、わざと気弱な言い方をする。

 

「ええ、そうよ。ほら、早くひざまずきなさい」


「本当にそれで許してくれるのですね?」


「私はオーガではないから、許してあげるわ」


「そう……許してくれるの」


 弱々しい私の声に、ミャートの取りまきたちが、はやし立てる。


「早く、あやまれよっ!」

「そうよ、そうよ」

「ひざまずけっ!」

「ぐずぐずしないで」


 私は弱々しい演技をやめた。


「だが断るっ!」


 五人の顔が、驚きで強張る。

 面白っ!

 驚いた顔、面白っ!


「け、怪我をしても知らないわよ」


 ミャートがそう言いおえる前に、私の詠唱が完成した。


「あたしが欲しいのね♡」


「「「えっ?」」」


 場違いなその言葉に、五人が一瞬固まる。

 私の体は、青い光に包まれていた。

 こいつら相手なら、身体強化レベル1で十分だろう。


 ブンっ


 左足を軸に、身体を一回転させる。

 回し蹴りだ。

 止まった私の右足は、ミャートの顔にピタリと向く。


「水の力、我に従え、ウ、ウォーターボール!」 

「「「ウォーターボール!」」」


 五人が魔術を唱える。

 しかし、その結果は彼らの予想を裏切った。

 水滴一つさえ現れなかったのだ。


「ど、どういうこと!?」


 ミャートが驚き、大きく目を見開く。


「あっ!」 


 少年の一人が、やっと気づいたようだ。


「ワ、ワンドがっ!」


 五人のワンドは、その先端が弾けたように破壊されていた。

 一瞬でミャートの背後を取った私が、優しく言う。


「ひざまずいたら、許してくれるんだよねえ」


「ひいっ!」


 ミャートは、へなへなと地面に崩れおちた。

 そのとき、私のふくらはぎに何か湿ったものが触れた。

 見下ろすと、白く長い毛を持った、小さな魔獣が私の足を舐めている。


「「「ひ、ひいいっ!」」」


 ミャート以外の四人も、なぜか、尻もちをついている。 

 

「ス、スカンプ……」


 一人の少年が、声を漏らす。

 その声には、紛れもない恐怖が含まれていた。 

 小さな魔獣は、その猫に似た顔で私の顔を見上げる。

 クリッとしたつぶらな目がとてもかわいい。

 私が頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めている。


 動けなくなった五人と白い魔獣を残し、私は来た道を引きかえしかけた。


 ぷぅ


 背後から、そんな音が聞こえた。

 振りかえると、ミャートたち五人が白目をむいて倒れている。

  

 そちらに近づきかけ、足を停めた。

 ミャートたちの方から、異様な臭いが漂ってきたのだ。

 玉ねぎとニンニクの臭いを混ぜ、それを濃縮したものに生ごみの臭いを追加したような強烈な臭いが。


 私は思わず後ずさった。

 臭いが次第に強くなる。

 さっき身体能力強化の魔術を唱えたのを思いだし、本気で走りだした。

 一瞬で森を駆けぬける。

 学舎の手前で自分の体を嗅いでみる。

 もう臭いはついていないはずだが、なぜかまだ臭い気がした。


 ◇


 通りかかった教師に、森の中で倒れている生徒を見つけたと告げると、彼女は慌てて校舎に入っていった。

 数人の先生たちが、後者から出てくる。

 その手にはワンドが握られていた。

 シシン先生が、私に尋ねる。


「倒れている生徒たちの側に、何かいませんでしたか?」


「このくらいの小さな魔獣がいました」


「も、もしかして、白いふさふさの毛をしていませんでしたか?」


「ええ、とっても可愛い魔獣でしたよ」


「ス、スカンプ……」


 先生が絶句する。


「シシン先生、スカンプって何ですか?」


「この森に棲む、最も恐ろしい魔獣の一つよ」


「えっ!? でも、危険な感じなんて、全くありませんでしたよ」


「あなた、何か臭わなかった?」


「そういえば、何か臭かったですね」


「大変! もう手遅れね」


「手遅れ?」


「スカンプは、身を守るためにお尻からガスを出すの。問題はその臭いで、もう酷いものよ。しかも、身体についたその臭い、一週間は取れないの」


「げっ、それは酷いですね」


「とても珍しい魔獣だから、今まで生徒が被害を受ける事は無かったんだけど。とにかく、可哀そうだけど、その生徒たち少なくとも十日間はお休みね」


「なんで、そんなに長く?」


「スカンプの臭いは、体から消えた後でも、まだ臭うような気がするらしいの。精神的にやられちゃうのよ」


「へえ、そうなんですか」


「あなたは、大丈夫?」


「はい。臭いと思ったから、すぐ逃げました」


「あなただけでも助かって良かったわ。とにかく、暗くなる前にその生徒たちを助けださないといけないわね」


 先生たちがバタバタ動きだしたのを横目に、私は寄宿舎へ帰った。

 

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