第2部 残念美少女、懐かれる

第54話 残念美少女、からまれる 



 ドンが運動場で派手なパフォーマンスをした翌朝、寄宿舎から本棟へ向かっていると、一人の少女が話しかけてきた。


「あなた、ワンドを持っていないって、本当?」


 長身でストレートのブロンドを肩まで伸ばした少女が、そう尋ねてくる。

 私は彼女が誰か分からないから、無視してそのまま歩いていく。


「ちょ、ちょっと、そこのあなたよ! レイチェルさん!」


「名前は?」


「えっ?」


「自分が誰だか、まず名乗りなさい」


「まっ、失礼なっ。同じクラスのミャートですよ。お忘れですか?」


「あなたに興味ないから、ごめんなさい」


「……」


 ◇


 一限目、歴史の授業。

 歴史は好きな授業だが、固有名詞がほとんど分からないから一割も理解できない。

 これは、かなりきつい。

 眼鏡を掛けた小柄なおじさん教師が私を指名したが、質問の意味さえ分からない私は、それに答えることができなかった。


 授業が終わると、また朝の少女が近づいてきた。


「レイチェルさん、ミャートです。あなた、ワンドを持っていないってホントですか?」

 

 今回は、彼女が名乗ったので答えてあげる。


「ええ、持ってないわよ」


「でも、それなら、どうやって魔術を使うの?」


「私、魔術なんて使わないよ」


「ど、どういうことでしょう?」


「そんなこと、あなたには関係ないでしょ」


 私がそう言うと、少女は目を三角にして怒っている。


「この私が誰だか知ってるの? 覚えてなさい!」


 少女は背中を向け、走り去った。


「レイチェルさん、ミャートがごめんなさい」


 学級委員長のメタリが、気の毒そうな顔をしている。


「気にしてないよ」


「あの子ね、有名な商人の娘で、何でも自分が一番じゃないと気が済まないのよ。今までは私に突っかかってきてたんだけど、標的をあなたに変えたみたいね」


「いい迷惑だわ」


「だけど、あなた、なんでワンドを持っていないの?」


「私、身体強化の魔術しか唱えられないの」


「ははは、もう、レイチェルさんったら冗談ばっかり。そんなんじゃ、この学園に入学できないじゃない」


「そうね、きっと何かの間違いで入学しちゃったのね」


「えっ!? 本当に身体強化の魔術だけ? それじゃ、まるで……まるで『残念職』みたいじゃない」


「メタリ、ここだけの話、私、その『残念職』なの」


「もう、やっぱり冗談だったのね、あははは!」


「いや、本当のことだから」


「レイチェルさんって、見かけによらず冗談が上手ね」


 メタリは、私の言葉をこれっぽっちも信じていなかった。


 ◇


 放課後、ドンに会うために本棟から教員棟に向かっていると、後ろから呼びとめられた。

 振りむくと、女子が三人、男子が二人立っている。

 全員同級生のようだが、その一人はミャートだった。


「レイチェルさん、あなた、ちょっとついてきてくれる?」


 彼女はそう言うと、森の方へ歩きだした。

 残りの四人が、私を取りかこむように立っている。

 私がミャートの方へ歩きだすと、その四人も後からついてくる。

 

 森の小径を少し歩くと、小さな草原くさはらに出た。

 周囲は木々に囲まれている。


「あなた、生意気よ」


 こちらを向いたミャートが、そう言った。

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