第53話 残念美少女、弟をほめる
いつの間にか寝ていた私は、朝になってメタリに起こされた。
「レイチェルさん、もう起きないと授業に遅れるわよ」
「えっ? ど、どうしよう」
私は、お風呂にも入っていないことを思いだした。
メタリに部屋から出てもらうと、下着だけ着替える。
マジックバッグから濡らした布を出し、顔と手だけは拭いておく。
部屋から出ると、メタリがそわそわしながら待っていた。
「急ぎましょう。ぎりぎりの時間だから」
彼女の声と同時に、鐘の音が聞こえてくる。
私は彼女と並び本棟へ走った。
◇
「レイチェルさん、お早う。昨日はありがとう」
「お早う、レイチェルさん。ごちそうさま」
「お早う。私、あれ食べるの、夢だったんだ。ありがとう」
女子生徒が、興奮気味に声を掛けてくる。
昨日、メタリに頼んで、みんなにポンポコ印のケーキを配ったからね。
「はい、みなさん、お早うございます」
「キャー、レイチェルったら、お姫様みたい。礼儀正しいのね」
私たちがワイワイと教室へ入ると、また鐘が鳴った。
みんなが席に着く。
前の扉が開くと、カツカツと足音を立て、若い男の先生が入ってきた。
制服のような白い服の上に、赤いローブを羽織った彼は、教壇に立つとキザったらしいジェスチャーで、こう言った。
「諸君、お早う」
おいおい、「諸君」ってなんだよ。生まれて初めて聞いたぞ。
「「「お早うございます」」」
「では、魔術実習の授業を始めよう。諸君、私について来たまえ」
彼はそう言うと、赤いマントをわざわざ手でひるがえし、教室から出ていく。
生徒たちが慌てて席を立ち、その後を追った。
「カリンガ先生、どうしたのかしら。今日はやけに張りきってるわ」
小走りに先生の後を追いかけながら、メタリがそう言った。
「ホントだね、どうしたんだろう」
アレクが首を傾げている。
やがて、カリンガ先生は、運動場のような場所のまん中で立ちどまった。
芝生で囲まれたその場所だけは、地面がむきだしだ。
所々、その表面が凸凹している。
芝生と「運動場」の境いに、ドンが立っていた。
「キャーっ! ドン先生よっ!」
「なんて素敵なのかしら!」
「先生ーっ、こっち見てーっ!」
女子生徒の黄色い声が、広場に響く。
「静かにっ!」
なぜか青筋を立てたカリンガ先生が、大声を上げる。
「授業中ですよ。さあ、いつものように並びなさい!」
生徒たちは二十メートルくらい離れ、二列に並んだ。
「では、今日も水魔術の練習をしましょう。おや、君は、どうして並ばないんだ?」
先生が、つっ立っている私に声を掛ける。
「先生、レイチェルさんは、転入してきたばかりです」
「ああ、君が転入生か。では、私のお手本を見ていなさい」
そう言うと、彼は右手に持った金色のワンドを振った。
「水の力、我に従え」
グレープフルーツ大の水玉が、ワンドの先に浮かぶ。
おお! 魔術だよ、魔術!
「ウオーターボール!」
カリンガ先生がワンドを振ると、水玉は遠くにある木立へ飛んでいった。
それに驚いた鳥が何羽か飛びたった。
生徒たちから、感嘆の声があがる。
「どうです? 驚きましたか?」
先生は胸を張っているけど、いつもドンの魔術を見ているから、それほど凄いとは思えなかった。
黙っている私を見て、先生がこう言った。
「驚いて、声も出ないようですね。最初は失敗しても構いません。あなたも挑戦してみなさい」
彼はそう言うと、くるりと背を向け、生徒たちに号令をかける。
「では、始めなさい」
生徒たちは向きあった二人ずつが組みとなり、お互いに水玉を相手に飛ばしている。相手の魔術について感想を言いあっているようだ。
生徒たちの水玉は大きくても野球ボールほどで、ほとんどの者はピンポン玉くらいのものがせいぜいのようだった。
相手のところまで水玉が届いている者は誰もいないわね。みんな十メートルくらいが限界のようね。
小柄な少女メタリが、私に近づいてくる。
「レイチェルさんも、やってみない?」
「でも、私、ワンド持ってないよ」
「えっ? お部屋に忘れたの?」
「いや、一本も持ってないの」
「えっ? どういうこと?」
私がそれに答える前に、先生が両手を打ち鳴らした。
「はい、それでは、ここで副指導教官の模範を見ましょう。ドンさん、こちらへ」
ドンがこちらへやってくる。
女生徒から黄色い歓声が上がった。
「コホン。じゃ、ドン先生。さっそく模範をどうぞ。ああそれより、ワンドはどうされましたか? ワンド無しで魔術を使うとは、よほど自信がおありですかな?」
カリンガ先生はそう言うと、また詠唱して金色のワンドの先に水玉を作ってみせた。
ドンが私を見る。
私がうなずくと、彼は両手のひらを上にむけた。
ドンの上に雲のようなものが集まる。雲は十ほどに別れ、渦を巻いた。
やがてそれぞれが、バレーボールくらいの水玉となった。
十個のボールは、ドンの周囲をくるくる回る。
やがて、回転の輪が「運動場」一杯に広がり、球が空中で停まった。
突然、全部の玉がすごいスピードで空に上がると、一点で同時にぶつかった。
パーンっ
そんな音がした後、細かい雨粒が降ってきた。
空に虹が架かっている。
生徒は、誰も何も言わない。
カリンガ先生を見ると、ブルブル震えていた。
どうしちゃったのかしら、この人?
「お姉ちゃん、どうだった?」
「ドン、すごく綺麗だったよ」
「わーい!」
ドンが無邪気に笑っている。
それを見た生徒たちが、やっと声を上げだした。
「ドン先生、凄い!」
「どうやったんだろう?」
「あんな凄い魔術、見たことないや」
「何て美しいの!」
トスンと音がしたので振りかえると、尻もちをついたカリンガ先生が、何かブツブツ言っている。
「あり得ない、あり得ない、あり得ない」
何なの、この人。ホント変な人ね。
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