第４１話 残念美少女、合戦する
私たちが王都に来て五日後、国民には非公開でタリランさんの処刑が行われる日となった。
場所は王都東に広がる草原の一角だ。
そこには小さな丘があり、頂上が少し平らになっている。
夜があけるとすぐ、丘の上に立てられた木の杭に、目隠しされたタリランさんが括りつけられた。
丘の上、彼から少し離れて草地に豪華な椅子が置かれており、そこに少年王エリュシアスが座っていた。
彼の周囲は、白銀の鎧を身に着けた、十人ほどの近衛騎士が守っている。
丘の下、片側には、草原を埋めつくすほどの兵士たちが、綺麗に長方形の陣を敷いていた。
皇帝がゆっくり立ちあがると、拡声用のクリスタルを手にした。
「レイチェルよっ！ 果たし状を送りつけておいて、お前の国は、兵の一人も来ぬのか？ この臆病者めっ！」
少年の声が、丘の上から草原に響きわたる。
彼は憎々し気に、手にしたクリスタルを地面に叩きつけた。
そして、白ヒゲの騎士に叫ぶ。
「処刑の準備をせよ！」
白ヒゲの騎士が大きく頷く。
薄汚れた茶色のローブを羽織った男が三人、タリランさんが縛りつけられた杭から少し離れた所に控えている。三人とも手にはワンドを持っているから、処刑を生業にする者たちだろう。
「構え」
白ヒゲの合図で、茶ローブたちが詠唱しながらワンドをタリランさんに向ける。ワンドの先に火の玉が現われる。
「撃てっ！」
白ヒゲの合図で、三人のワンドから放たれるはずだった火の玉は、しかし、すうっと消えてしまった。
なぜか。
私が茶ローブ三人の首筋に、手刀を落としたからだ。
いわゆる首トンだね。
「お、おまえはっ！？ 一体、どこからっ！」
私はドンが掛けた透明化の魔術でずっとこの場にいたのだが、それを説明する必要はあるまい。
戦場に言葉は不要だ。
「
私の声が丘の上に広がる。
ポチ（カニ）たち『戦場に言葉は不要じゃなかったの！？』
その声と共に、私は一気に皇帝との距離を詰めた。
近衛騎士たちは、一歩も動けない。
彼らは空中に浮く黒いボールを目にし、固まっていた。
ドンが作ったそれは、青沼周辺で採れた黒い泥で作っているのだが、一度それをくらった近衛騎士たちにはＧボールに見えることだろう。
ポチ（カニ）たち『この作戦、ひどいっ！』
私は皇帝の首を後ろからつかむと、一応尋ねてみた。
「お前、心を入れかえ、ケーキ屋、銭湯を元に戻すか？」
皇帝エリュシアスは、ブルブル震えながらもこう言った。
「だ、だ、誰が、お前の言うことなど聞くものかっ！」
少年は黒いボールを見ないよう、両腕で自分の顔を覆っている。
私が指を鳴らすと、一番小柄な近衛兵の鎧が宙に浮いた。
「いやんっ」
なぜか、その兵士はそんな声を出した。
ああ、鎧の下は、ほとんど裸だったのか。
鎧がこちらに飛んでくると、エリュシアスの身体にピタリと装着される。
さすが、我が弟、ドンだ。細かいところまで抜かりがないのだ。
透明化してどこかでこちらを見ているだろうドンに向け、親指を立てる。
「あたしが欲しいのね♡」
魔闘士レベル１の呪文を唱える。
私の身体が、青く輝きだす。
「きっ、キサマ、こんな時に何を言ってる！」
目を押さえているエリュシアスには、それが見えないから、私が彼にそう話しかけたように思えたのだろう。
「え～、そんな～、あたし困りますぅ～♡」
魔闘士レベル２、私が身体にまとっている、青い光が少し強くなる。
「だから、何を言ってる！」
目を抑えたエリュシアスが叫ぶ。
「いや～ん、こんなところでぇ♡」
魔闘士レベル３、青い光がさらに強くなる。
「ば、馬鹿者ッ！」
エリュシアスは、意外に
「ご飯にする？ お風呂にする？ それとも、あ・た・し♡」
魔闘士、レベル４、私を覆う青い輝きが周囲を照らした。
丘の下にいる兵士たちからも、それが見えたのだろう。
四角い陣が波うつように動き、どよめきが聞こえた。
「ば、馬鹿ッ、人前で何てことを！」
私は鎧を着せたエリュシアスを脇に抱えると、丘を掛けおりた。
目の前には、数万の兵士がいる。
だけど
気合いだ。
ポチ（カニ）たち『絶対に、違うからっ！』
さあ、いよいよ合戦の準備は整ったぜ。
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