第40話 残念美少女、ムカつく



「しばしお待ちを……」


 帽子をかぶった男はそう言うと、私の左手首を握る。

 私はたいをさばくと、右手で相手の手首を極め、投げを打った。

 

 バサリ


 男の体が地面に倒れる。

 しかし、その体の動きから、かなりの遣い手だと分かる。


「ツブテ様、お待ちを! 私です。セバスチンです」


 投げで飛んだ帽子の下から出てきた顔は、確かにセバスチンのものだった。

 

 ◇


 ドンが私とセバスチンを両脇に抱え、『アヒル亭』二階に借りている部屋の窓から中へ入る。

 ちゃぶ台の周りに、三人で座った。


あるじは、ツブテ様の身を案じておられます」


 セバスチンは、そんな事を言った。


「どうしてタリランさんが私の心配を?」

 

「主は自分がツブテ様にお話したことで、あなたがお城で暴れたと思われております」


「そんなことないから気にしなくていいよ」


「しかし、動画指名手配にまでなっては、どうすることもできますまい。どうかこれで、他国へお逃げください」


 セバスチンが、机の上にごとりと布を置く。

 中身は、きっと金貨か何かだろう。


「気にしなくていいのよ。ところで、この国では国同士が戦う時にはどうやるの?」


 セバスチンは不審がりながらも、いくさの作戦や作法を教えてくれた。


「なるほど、国は国から戦を仕掛けられたら、受けるしかないんだね」


「まあ、一般的には、そうなっています」


 私は作戦を決めると、ドンに声を掛けた。


「ドン、すぐに私とセバスチンさんをタリランさんの所へ。ただ、今回は、入り口にいる兵士に見つからないようにしてくれる?」


「うん、分かったよ、お姉ちゃん」


 その時、階下で騒ぎが起こった。

 階段を昇ってくる、大勢の足音がする。

 どうやら兵士たちが、私の居場所に気づいたようね。


 ◇


 ドンが両脇に私とセバスチンを抱え、空を王都へ向かう。

 セバスチンは最初怖がっていたが、そのうちに空の散歩を楽しみだした。

 

「いやー、絶景絶景!」


 そんなことを言って笑っている。


 私たちはそれほどかからず、タリランさんが幽閉されている建物の上空に着いた。

 ドンが呪文を唱えると、私たち三人の体が透明になる。

 彼は、そうしておいて一気に降下した。

 見張りをしている兵士の背後に着地すると、音を立てず建物の中に入る。

 セバスチンさんが呪文で扉を開き、私たちはタリランさんの前に立った。

 彼は、目の下に濃い隈ができ、かなり憔悴した様子だった。


「おおっ、ツブテ殿か! ご無事だったか」


「なんとかね」


「まずは、お座りくだされ。お伝えしたいこともあるゆえ」


 長テーブルの端、タリランさんの左前に、ドンと二人並んで座った。 

 

「国王、いや、エリュシアスは、全てのケーキ屋をとり潰す法令を出しおった」


 タリランさんの発言は、いきなり衝撃的だった。


「あなたの街にあるセントーも、今頃、とり潰されているはずだ」


「なんですってっ!」


「その方らが宿泊しておった宿も、いずれとり壊されるだろう」


「ぐぬぬっ」


「まあ、ワシは、その時まで生きてはおらんがな」


「えっ? どういうことです?」


「処刑の日が決まったのじゃよ」


「処刑……でも、皇帝は、あなたの息子さんなんでしょ?」


「あやつに親子の情など通用せん。だから、『怪物』なのじゃ」

 

 いや、あんたの息子、やりたい放題してるだけだから。

 

「お主、これからどうするつもりじゃ?」


「タリランさん、処刑はどこでおこなわれるんです?」


「王都東に広がる草原のどこかじゃ。あやつ、民が処刑を見て反乱を起こすのを警戒しておるのじゃろう。民の間にも、あやつに対して不信がかなりつのっておるからな」


「処刑の場には、誰がいますか?」


「あやつ本人は、まず間違いなくおるじゃろう。残念じゃが、そういうヤツじゃ」 


 ホント、残念なヤツね。


 ポチ(カニ)たち『ツブテに残念って言われる、その人って……』


「兵士は、どのくらいいると思います?」


「その辺は、当日にならぬとはっきりせんのう」


「お姉ちゃん、どうするの?」


 私は頭の中で計画を練っていた。

 追いつめられたときほど冷静にだ。

 これは、愛しのマサムネ兄さんから私が教えてもらったことだよ。


「合戦だ」


「えっ?」

「ほえっ?」


 二人が、間の抜けた声を出す。

 私の心は、すでに合戦モードになっている。


「ワガママ小僧をギタンギタンに、やっつけてくれるわっ!」


「お、お姉ちゃん、どうしちゃったの?」

「一人で合戦とは、どういうことだ? おい、お主、ツブテ殿の弟だろう。姉上を、正気に戻せ」


 二人が何か言っているが、合戦モードの私には、ささいなことだ。


「ふふふ、はははは、あーはっははははー」


 ポチ(カニ)たち『ツブテ、完全に悪役!?』

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