第2部 残念美少女、カニを獲る

第5話 残念美少女、カニを獲る

 ギルドから『アヒル亭』に戻ると、もらったばかりの冒険者案内書をヌンチに音読させた。

 自分ではこの国の文字が読めないから、これは仕方ない。

 全部で一時間くらいかかったが、それでも聞いておいてよかったと思う。

 案内書には、冒険者になったばかりの者がよくする失敗や、毒がある魔獣の特徴など、命に関わる事柄が書かれていた。


「おい、最初に受けられる依頼は、ある程度きまってるってことか?」


「ええ、そうです」


「私は鉄ランクだから、銅ランクの依頼までしか受けられないってことだろ?」


「はい、自分のランクより一つ上のランクまでしか受けられませんね」


「なんでだ?」


「自分の力に見合わない魔獣と戦えば、簡単に命を落とすからです」


「ふう~ん、そうなのか。あと、さっき言ってた、『ぱーてぃ』って何だ?」


「ああ、それは、討伐のために何人かで組になる事ですね」


「なんで、その『ぱーてぃ』ってのしなくちゃいけないんだ?」

 

「一人では倒しにくい魔獣も、パーティなら簡単に倒せるからですね。危険がグッと減ります。私も、いいパーティを探してたところです」


「だけど、討伐の報酬は同じなんだろ? パーティだと分け前が減っちまうんじゃないか?」


「ええ、それはそうなんですが、死んだら元も子もありませんからね」


「なるほど、そういうことか。じゃ、次はどんな魔獣がいるのか教えろよ」


「ええーっ、まだ説明しなくちゃいけないんですか?」


「ここで死ぬのと説明するの、どっちを選ぶ?」


「ひっ、せ、説明させてください」


「わかりゃいいんだよ」 


 それから深夜まで、ヌンチからたっぷり情報収集した。


 ◇


「ツブテちゃん、お早う」


「おかみさん、おはようございます」


「今日は、新鮮なソードフィッシュが入ったよ。期待しときな」


「はい、ありがとうございます」


「ほんと、あんたは礼儀正しいね。うちの子にも見習わせたいよ」


「お子さんがいらっしゃるんですか?」


「ああ、アレクってんだけどね、魔術学院の四回生なんだよ」


 おばさんは、誇らしげに胸をはった。

 自慢の息子さんらしい。

 魔術学院といえば、昨日ヌンチから聞きだした情報の中に、魔術の話があったな。


「ふぁ~、お早うございます」


 二階からヌンチが降りてくる。


「ヌンチさん、何だい朝っぱらからそのしまらない顔は?」


「昨日、ツブテさんになかなか寝かせてもらえなくて……」


「おい、人聞きの悪いこと言うなよ」


 すかさず突っこんでおく。


「ひゃいっ、昨日はよく寝られましたっ」


「とにかく顔洗っといで」


 おばさんに声を掛けられたヌンチは、肩を落として部屋から出ていった。


「そういえば、ここは一泊いくらなんですか?」


「朝食付きで銅貨六十枚だよ」


 ヌンチの話から推測したところだと、銅貨一枚が百円くらいだから、日本円で六千円ってところか。

 まあ、良心的な値段だな。

 

「銅貨百枚で銀貨、銀貨百枚で金貨ですね?」


 ヌンチから得た情報を一応確認しておく。


「そうだよ。しかし、ツブテちゃんは、よっぽど遠くからきたんだね。この辺りの国じゃあ、どこでもそんなもんだよ」


「そうですか」


「詳しいことが知りたけりゃ、息子から聞いたらいいよ。十日ほどしたら帰ってくるはずだから」


「ありがとう」


 ヌンチが帰ってきたので、朝食をすませる。

 魚入りのスープは、おばさんが言った通り、とても美味しかった。

 母さんの味噌汁を思いだし、ちょっと涙ぐんでしまった。

 私がいなくなって、きっとみんな心配してるだろうなあ。


 ◇


 いくつか買い物を済ませた私は、青沼の岸辺までやってきた。


「だけど、ツブテさん、もっと大きなカバンじゃなくてよかったんですか?」


 私が買ったのは小型の水筒と腰につけるポーチ、あとナイフだけだ。


「大きな荷物は、お前が持て」


「……そりゃまあ、かまいませんけど。それより、なんで『痺れガニ』なんか獲るんです?」


「お前は黙って獲ってりゃいいんだよ」


「そ、そうですか」


 私たちは、甲羅に白い「(^w^)」の模様がある小さなカニを十匹余り獲った。

 腰のポーチに水草を入れ、そこへカニを入れる。


「えっ? その腰袋って、カニのために買ったんですか?」


「ああ、そうだよ」


 ヌンチは理解できないといった顔で、首を左右に振っている。


「お前から聞いた情報が確かなら、きっとこれが役にたつ時が来る」


「まあ、私には想像できませんが……」


 カニ獲りを終えた私たちはギルドへ向かった。 


 ◇


 ギルドに入ると、今日も四人組のおじさんがいた。


「こんにちは」


「げっ、おめえはっ!」


 手に包帯を巻いたおじさんが悲鳴のような声を上げる。

 後の三人は、下を向いている。


「先輩がた、私も冒険者になりました。今日からよろしくお願いします」


「「「へっ?」」」


 四人は、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした。


「みなさん、銀ランクなんでしょ? 今日はどんな討伐をするんですか?」


「……つのジカの予定だが」


「角ジカは銅ランクの魔獣ですよね」


「まあ、そうだが」


「じゃ、私たちもご一緒させてください」


「「「えっ!?」」」


 おじさんたちが、ひどく驚いている。


「ツブテさん、この時期の角ジカは危険ですよ」


 ヌンチが口をはさむ。


「あんたは、黙っときなさい」


「嬢ちゃん、だけど、そいつが言ってるこたあ本当だぜ。今は角が生え代わる次期でな。繁殖期ってのもあって興奮しているシカが多いんだ。つのも大きくなってるから、刺されたらあぶねえぞ」


「そうですよ、ツブテさん。グラントさんの言うとおりです。角ジカを狙うなら、時期をずらしましょうよ」


「ヌンチ、お前、ここで死にたいか?」


「ひっ、わ、わかりました」


 こうして、私はおじさんたちの角ジカ討伐に参加することになった。


――――――――――――――――


ツグミ「五話目にして、地味なカニ獲りって、作者は蛮勇にもほどがある」

作者「ふっ、嬢ちゃん、分かってないな」

ツグミ「何が?」

作者「カニは大事な(いや、残念な)伏線なのさ」

ツグミ「カニが伏線?」(疑疑疑)

作者「まあ、見てな」

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