第4話 残念美少女、冒険者になる
呆然としていた私がやっと何か考えられるようになったのは、翌日目が覚めてからだった。
昨日スープを食べたお店は、『アヒル亭』という名で、宿泊することもできた。
地球でいうと、ペンションかな。
もちろん、ヌンチとは別の部屋にしてもらっている。
四畳半くらいの部屋は清潔で、シーツも洗いたてだった。
ただ、納得できないのが入浴の方法で、井戸で汲んだ水を入れた大きめのタライに熱湯を注ぐだけ。
日本人の私には辛い。
固形の石ケンしかないから、髪がサラサラにならない。
夢のままならよかったのにと、まだ少し思っているが、さすがに今となっては現実を受けとめる気になっていた。
インドのナンっぽいパンとオニオンスープに似た料理で朝食を済ませる。
「おい、お前は今日何するんだ?」
茶碗のような形をした素焼きのカップでお茶を飲んでいるヌンチに尋ねてみた。
「ああ、今日ですか。ギルドへ行ってグワッシュを売ります。それから適当な依頼があれば受けようかと」
「待て待て、いいか、一つずつゆっくり説明しろ。まず、『ギルド』ってのはなんだ?」
「……本当に知らないんですか?」
「知るわけないだろう!」
私は、昨日ここに来たばかりだぞ。
「えー、ギルドと言うのは冒険者が集まる所です」
「じゃ、『ボーケンシャ』って何だ?」
「ギルドに登録すれば、冒険者という身分が手に入ります」
「さっき言ってた『依頼』って何だ?」
「ギルドには、個人から国まで様々な頼み事が集まります。それが依頼です」
「なるほど。で、
「依頼を果たせば、難易度に見あった報酬がもらえます」
「じゃ、なるべく難しい依頼を受けりゃいいのか?」
「それはそうなんですが、難しい依頼は高ランクの魔獣を討伐するものが多くて、命懸けになります」
「マジュウって何だ?」
「えっ!? 本当に知らないんですか?」
「知らないからきいている」
「……マナの影響を受けた動物ですよ。昨日のグワッシュも魔獣です」
「なるほど。で、私でもその冒険者ってのになれるのか?」
「まあ、なれるにはなれますが……」
「何か問題があるのか?」
「昨日ちょっと考えたんですが、ツブテさんは『迷い人』だと思うんです」
「マヨイビト?」
「意図せず異世界から来る人のことですね」
「……異世界か?」
「確か異世界から来た人の中には、黒髪の人がいるって聞いたことがあります」
「それが問題なのか?」
「異世界から来た人は、お城で暮らすのが普通なんです」
私はある可能性に気づいた。
「おい、一年半くらい前に、ああ、異世界だから違うのか。とにかく少し前に黒髪の男の人がここに来なかったか? 名はマサムネ、年は私より一つ上だ」
「いえ、知りませんねえ。あっ、そう言えば、この国ではないですが、隣の国になら黒髪の人がいますよ」
「おいっ、そりゃ本当か!?」
「ええ、確か女王様も迷い人で黒髪だし、男の人なら黒髪の勇者がいたはずです」
「ユーシャ?」
「ええ、迷い人は、覚醒すると勇者という
もしかすると、『勇者』のことかな。
隣国の勇者がマサムネ兄さんかもしれないと思うと、胸が高鳴った。
「とにかく、まずは金を稼がないといけないから、その冒険者ってのになってみるか」
なんとかしてお金を稼いで隣の国へ行き、黒髪の勇者に会わなくては。
◇
私はヌンチに連れられ、街の冒険者ギルドへとやってきた。
顔くらいの高さの、ギコギコ鳴る両開きの扉を押しあけ、建物の中へと入る。
左側には木のカウンターがあり、右側には丸テーブルが二つある。
その一つには、古傷が目立つおじさんたちが座っていた。
おじさんの一人が声を掛けてくる。
「おう、ヌンチ! 昨日はついてたな。グワッシュを討伐したんだって?」
「グラントさん、お早うございます。ええ、たまたま上手く討伐できました」
「で、そっちのすげえベッピンさんは、誰なんだい?」
「こちら、ツブテさんです。遠い国の出身だそうです」
異世界から来たと言うのもなんだから、そういう設定にしようと二人で打ち合わせておいた。
「へえ、どこの出身だい?」
「ずっと東の方らしいですよ」
「黒髪なんて珍しいな。で、なんでここへ連れてきた?」
「ツブテさんは、冒険者登録のために来たんです」
一瞬の間があり、その後、おじさんたちが笑いだした。
「ガハハハっ、ここを魔術学院と勘違いしてねえか?」
「違えねえ。嬢ちゃんなんかが討伐に出たら、あっという間に魔獣に食べられちゃうぞ、アハハハ」
「おじちゃんが遊んでやろうか?」
お酒を飲んでいるのだろう。顔が赤いおじさんが、こちらへ手を伸ばす。
私はその手首を取ると、古武術の技で
「アガガガガっ! 痛ええええっ!」
手を離すと、おじさんが床にうずくまった。
「ど、どうしちまったんだ!?」
「おい、大丈夫か?」
おじさんたちが、床にうずくまった人の周りに集まってくる。
「こ、こ、こいつが何かした!」
やっとしゃべれるようになった床のおじさんが、震える指を私に向ける。
その指を右手で掴むと、関節を外しておいた。
「痛ででででっ!」
「私、指さされるのが大嫌いなの」
「おい、本当にお前がやったのか!?」
体つきのがっしりしたおじさんが、私をにらむ。
「ええ、そうだけど」
「仕方ねえ、礼儀を教えてやる!」
急に鋭い目つきになったおじさんたちが、腰にぶら下げていた剣や短い木の棒を構えようとした。
彼らが構える前に、短い棒を持ったおじさんの顔に掌底を叩きこむ。
そのおじさんが、一番危険な感じがしたからだ。
反動を利用して体を回し、左の掌底突きを隣のおじさんの胸に入れる。
こちらに倒れかけたおじさんをかわした私は、最後の一人を掌底で打ちすえた。
あっという間に、三人のおじさんが床に転がる。
ヌンチは目と口を大きく開け、固まっている。
「おい、何の騒ぎだ?」
渋い感じの初老の男の人が奥から出てきた。
「ギ、ギルマス!」
ヌンチがそんな言葉を漏らした。
何それ?
魚の名前かな?
◇
ギルマスというのは、『ギルドマスター』の事だった。
ギルドの責任者という意味らしい。
ギルマスは、トリーシュという名前だった。
私とヌンチは奥の個室に連れこまれ、おじさんたちとのいざこざについて尋ねられた。
「ふう、それじゃしょうがねえな。あいつらも銀ランクになって、ちょいと鼻が高くなってたから、いい薬になっただろうよ」
「実は昨日のグワッシュも、彼女が仕留めたものでして……」
ヌンチはそう言うと、上目づかいにギルマスの顔色をうかがっている。
「そうか、どうもおかしいと思ったぜ。ありゃ、お前一人の力では、まず倒せんだろうからな」
「す、すみません」
「まあ、正直に話したことだし、素材はギルドに卸してくれるようだから、今回は問題にはせんよ」
「あ、ありがとうございます」
「報酬は受付でもらいな。あと、嬢ちゃんのギルド章と案内書も受けとるといいぞ。その分は、報酬から引いとくけどな」
「トリーシュさん、ありがとうございます」
「礼儀正しい嬢ちゃんだな。本当にこんな
「ええ、この目で見ました」
ヌンチが自分の顔を指さす。
「とんでもねえ逸材かもな」
こうして私は冒険者になった。
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