第3話 残念美少女、気づく

 葦をかき分け湿地を抜けると、草原が現れた。

 少し離れた所に、街のようなものが見える。

 いつかテレビで見た、ヨーロッパの古都と似ていた。

 

「そういえば、私、なんであんたの言葉が分かるのかしら?」


「ああ、それはこれのせいだと思いますよ」

 

 若者は、私の前で右手中指を立てる。


「あんた、喧嘩売ってんの?」


「ひ、ひいいっ! な、なんのことでしょう? ボクは指輪を見せただけなのに……」


 そういえば、彼の右手中指には指輪がある。

 恋人からもらったのかしら。


「これ、多言語理解の指輪なんです」


「タゲンゴリカイ?」


「違う言語をつかう人とでも会話できる、便利な魔道具です」


「マドウグ?」


「……あの、あなたは、この国の方ではないんですか?」


「ああ、あたしは日本の出身だ」


「ニホン?」


「聞いたことあるか?」


「ありませんね」


 もしかすると、これは夢かもしれない。

 そういえば、さっきまでマサムネ兄さんの部屋で毛布にくるまってたっけ。  

 夢だとすると、全て説明がつく。


「おい、どこかファミレスにでも連れてけ」


「ファミレドって、何です?」


 こいつ、分かっててやってんのか?


「ファミレスだ。食事をするところだよ」


「ああ、それなら分かります。服も乾かせますし、そこへ行きましょうか」


 こうして、私は名も知らぬ若者と夢の中で食事することになった。


 ◇


 通りがかりに街の人たちが会話しているのを耳にしたが、全く理解できない。

 ただ、聞いたこともない言語だということは分かった。

 時々、私のことをジロジロ見る者がいる。

 そういうヤツを睨みかえしてやると、彼らは慌てて目を逸らした。

 この夢、妙に手が込んでいる。


 しかし、この街の住民って、顔つきが白人に似ている。そして、髪はみんなブロンドだ。

 着ている服もスイスの田舎っぽい。実際にスイスに行ったことはないのだが。

 キンピラだかチンピラだか、そういう国名を聞いたが、どこかヨーロッパあたりの国という設定なのかもしれない。

 車が一台も走っていないところや、スマホを持っている人がいないところまで、設定が凝っている。

 自分の夢だというのに、己の夢を創りだす力には感心する。


 私たちは軒先から木の看板がぶらさがっている建物に入った。  

  

「おかみさん、こんにちは」


 ログハウスっぽい家の中には、頭に赤いバンダナのようなものをかぶった、丸っこいおばさんがいた。


「おや、ヌンチさんじゃないか。

 もう依頼は終わったのかい?」


 ヌンチ?

 まるで、う〇ちみたいな名前じゃん。

 やっぱり、トイレ繋がりの夢だからかな。


「いえ、だけど、何匹かグワッシュを倒しましたよ」


「えっ? あんた、まだ銅ランクじゃなかったかい?」


「ええ、そうなんですが」


「グワッシュってったら、銀ランクの魔獣だろう?」


 マジュウ?

 マジュウってなんだろう。

 まんじゅうの親戚かな?

 おばさんが私の顔を見る。


「それにしても綺麗なお嬢ちゃんだね。それに黒髪じゃないか」


「さっき『青沼』で溺れているところを助けたんです」


「誰が溺れてたって?」


 私が低い声でそう言うと、ヌンチが慌てた。


「ひ、ひいい。そ、そうでした。青沼で『泳いでいた』ところを、ええと、舟に乗ってもらったんです」


「あんた、服が濡れてるじゃないか。さあさあ、こっちへおいで。名前は何て言うんだい?」


「ツブテです」


 お店には丸テーブルが四つあるが、その奥に暖炉があった。

 おばさんが私をそこへ連れていくと、丸テーブルから椅子を一つ持ってきた。


「さあ、ツブテちゃん、お座り。髪も拭かなくちゃね」


 おばさんが家の奥へ姿を消す。

 暖炉の温かさで、体の力が抜けてくる。


「ここ、ファミレスか?」


 ヌンチに話しかける。


「『ふぁみれす』が何か分かりませんが、ここなら食事ができますよ」


 おお、そりゃいいな。

 夢の中なら、いくら食べても太らないからな。


「はいはい、早く拭いて」


 奥から出てきたおばさんは、手に布を持っていた。

 濡れた私の髪を、それで拭いてくれる。

 言葉が通じると思ったら、おばさんの指にも指輪があった。


「ありがとうございます」


「まあまあ、ほんに礼儀正しいお嬢さんだね」


 おい、ヌンチ、なんで首を左右に振ってるんだ?

 

「おお、ヌンチさんじゃねえか。依頼された討伐のほう、うまくいったそうだな」


 両手に一皿ずつ持ったおじさんが、奥から出てくる。

 背が少し低く、がっちりした体格だ。

 ブロンドの髪に、やはりブロンドのヒゲがよく似合っている。


「嬢ちゃん、青沼に落ちたんだって? 大変だったな。ほれ、これ食ってあったまれ」


 おじさんは、私の前に木のお皿と木のスプーンを置いた。


「ハーフラビットのスープだ。活きがいいのが手に入ったからうまいぜ」


 え?

 ラビット?

 それってウサちゃんじゃないの?

 しかし、空腹に負けた私は、恐る恐る白いスープに口をつけた。


「おいしいっ!」


 濃厚なスープに、柔らかいお肉と野菜が入っている。

 しつこくない甘味があり、それがペコペコのお腹にじわりとしみた。


「そんなに旨そうに食べるやつぁ、久しぶりだぜ」


「おかわりください」


「ああ、いいぜ、どんどん食べな」


 夢の中なら、食べなきゃ損だ。

 結局五杯もおかわりしてしまった。


「ふ~、喰った喰った」


 まだ、最初の一杯を食べているヌンチが、可哀そうなモノでも見るような目をこちらへ向けている。

 これって私、夢の中でも残念なことになってるんじゃなかろうな?

 

「ちょっとボク、舟を船着き場へ置いてきます」


 スープを食べおえると、ヌンチはそそくさと外へ出ていった。


「お嬢ちゃん、食べたかい?」


「ええ、ごちそうさまでした。すっごく美味しかったです!」


「そうかい、そうかい。じゃ、ハーフラビットのスープ七杯で、銅貨七十枚だよ」


「えっ!?」


 夢の中なのに、お金を取られるの?

 それに、私、一文無しだよ。


「おや、顔色が悪いね。やっぱり、池に落ちて風邪でもひいたんじゃないかい?」


 いえ、違います。

 無銭飲食の恐怖からそうなってます……。


「おばさん、あたし……」


「ああ、あんた池で溺れてたんだったね。なにか事情があるんだろう? お金はヌンチさんに払ってもらうから、心配はしなくていいんだよ」


「……あ、あびばどうありがとう


 安心したら涙声になってしまった。

 

「おや、そこんとこケガしてるじゃないか」


 おばさんが私の右手を指さす。

 今まで気づかなかったが、人差し指に小さな切り傷があった。

 きっとグワッシュとかいう魚を殴ったときのものだろう。


「今、薬を持ってきてあげるからね。この街には、治癒魔術が得意な者がいなくてね」


 チユマジュツ……何だろう、それ?


 おじさんとおばさんが店の奥に入り、部屋には私だけとなる。

 ケガ?

 夢の中でもケガをするの?

 左手で右手の傷に触れてみる。

 チクリとする。

 あれ?

 なんかおかしいぞ。

 もう一度、傷に触れてみる。

 やっぱり痛みが走る。


 ……まさか、これって現実リアル


 奥から出てきたおばさんは、小さな壺を持っていた。

 私の横に膝を着くと、傷口に薬を塗ってくれる。

 やっぱり痛い。


「ただいま戻りましたー」


 ヌンチが入ってくる。

 手には布でくるんだ大きなものを持っている。布から尾びれがとび出してるから、私が倒した魚だろう。


「ねえ、ヌンチ、あたしの頬をつねってくれる?」


「なんで、そんなことを?」


「いいから、つねりなさいよ!」


「はあ、まあいいですけど」


 ヌンチはテーブルを汚さないよう慎重に魚を置くと、私の頬に手を伸ばした。


 プニッ


「もっと強くしなさいよ」


 グギュッ


「痛っ、いたたたたっ! いつまでやってんのよっ!」


 ドンッ

 バタン  


 私の掌底突きを鳩尾みぞおちにくらったヌンチが、ゆっくり床に倒れる。

 こ、これ、夢じゃない?


「ど、どうしよう! いっぱい食べちゃった! ふ、太る~!」


 六杯分のスープが入ったお腹を押さえ、私はそう叫んでいた。


―――――――――――――

 ツブテ、驚くとこ、そこ!?

 


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