Ⅳ 上っ面だけの卑猥な友好

デモは万事がこのようにして進んだ。それから十分間ほど、代わる代わる別々の人物が街宣車の上に昇り、演説を行った。そうしている最中も、背後から聞こえてくる太鼓の演奏はとどまることがなかった。


どんどこ、どんどこ! どどんこ、どん! どん!

どんつく、どんつく! どどどん、かっ! かっ!


演説者たちは、普通は淡々と韓国を批判したり扱き下ろしたりていた。しかしその言葉は、時として信じられないほど汚くなった。


念仁は次第にむかむかしてきた。何しろ、韓国を批判する言葉・罵る言葉が、絶え間なく竝べ立てられているのだ。嫌韓デモなのだから、ある程度は仕方がないと考えていたし、念仁自身もイルペで似たような言葉を使用してきたのだから、最初はあまり気にはかからなかったのだが――物には限度というものがある。


特に、それは先ほどから演説している男のせいであった。ちょうど<ヽ`∀´>←こんな顔をした男である。


「我々日本人がいっくら対話を重ねても朝鮮人が理解しいひんのはなぜなのか!? なぜ日本人に成り済ましちゃ火病ばっか起こして見破られとるのか!? それは朝鮮人が人間やない――いや、哺乳類やないからです! 実際、朝鮮人の遺伝子は、人類の遺伝子と七十パーセントしか一致してへんのです! 遺伝子が人類と七十パーセントしか一致してへん生物の代表例は雲丹うにですが、朝鮮人は雲丹やったんです!」


――んなわけねえだろク・ロンリガ・オプゲッチマン


「こないなことを言うと、そんなまさかと皆さんは思わはるかもしれません。しかしながら、朝鮮人ちゅうんは人間離れした伝統文化の継承者なんです。例えば、朝鮮には糞酒トンスルちゅう酒がありますが、これは驚くべきことに人間の大便から造られた酒なんです! 朝鮮人は、日々キムチをさかなにこないな酒で晩酌しとるのです! 本当にとんでもない民族やで!」


――呑まねえよアン・マショ


「職場で上司に殴られて帰宅した日には糞酒トンスルで一杯! ついでに女房を殴り、娘を犯す! 夏には女も子供も冷やし糞酒で一杯! 冬にはキムチの樽の中に浸かりながらホット糞酒で一杯! 糞酒は朝鮮人にとって欠かせない滋養酒なのです! まさにヘル朝鮮! みなさん、こないな雲丹人間の国と断交するのは人類として当然のことと思いまへんか? 朝鮮雲丹の頭蓋骨の中は常にキムチと糞酒と反日で充たされとるのです!」


――こっこっこっこの野郎イセキガ! 適当なことばっか抜かしやがってチョクタンハン・マルマン・ジッコリョデゴ


さらに言えば、それはデモが始まる前に呑んだ酒のせいであった。今さらになって酔いが回ってきたのだ。酒精を含んだ血液がどくどくと音を立てながら身体中を巡り、脳へと到達しているようだった。


男はやがて演説を終え、街宣車から降りた。マイクを手にしていた誠がアナウンスをする。


「はい、柘榴井ざくろいさん、ご演説ありがとうございました! それでは次は、今夜のスペシャルゲストの登場でございます! ジョジョや暗黒物質など、イルペで数々のコスプレを披露しておられる韓国人コスプレイヤー、キムチ男言語三級さんでございます! わざわざ韓国からお越し下さいました! 皆さま、どうぞ拍手でお迎えください!」


吊りズボンを履き紅い蝶ネクタイをつけた誠は、テレビ番組の司会者のようでもあった。しかし群衆の中からは驚愕と困惑の声が上がっていた。キムチ男言語三級だってという言葉や、本当なのかという言葉などが端々から聞こえた。どうやら誠の言うとおり、日本の嫌韓のあいだでは、念仁はそれなりの知名度があるらしい。


徐行する街宣車の上へと念仁は昇った。光の帯が遠くまで伸び、街宣車と同じ速度でゆっくりと行進している。もし仮面がなかったなら、火照った頬を夜風が冷やしていたことであろう。


マイクを手にし、念仁は演説を始める。


「えー、この糞チョッパリのみなさん! 呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! こ紹介にあじゅかりましたキムチ男言語三級です! 特に、そこにいるパヨクのみなさん! よーく聴いて下さい! 僕はー韓国から来ましたー。韓日の断交を望んでいるのはー、何もー、日本人だけではごじゃいません! 韓国人もまたー、日本のことがー、たーいっきらいでーす! これはー、韓日が力を合わせて断交へ向かうデモでーす!」


合いの手が入った。


「そうだあっ!」「日本人だけじゃないぞおっ!」「韓国人も嫌いだあっ!」


リヴェラル派たちは、言うまでもなくポカンとした顔をしていた。それどころか、デモ隊の何割かもまた呆気にとられた顔をしている。これが気分を良くさせた。酔っぱらっているためと、むかむかしていたために、言葉はすらすらと出た。


「特によお、この糞ジャップスのチョッパリども! お前ら、さっきから糞酒だとか雲丹うにだとか言いやがってよ! 本当にクソだじぇ! 普通の韓国人は糞酒なんか呑んだりしねえんだよ、このやろ! 雲丹をネタにするのは寿司だけにしとけ! ――それと! 俺の国にまで来て反政府の蝋燭デモやってる糞パヨクども! お前らもいい加減にしろよ、このやろ! 日本で人気がねーからって、わじゃわじゃ韓国にまで来てんじゃねーよ! とうせお前らパヨクもー、チョッパリとゆー以上は韓国人は大っ嫌いなんだからよ!」


デモ隊の中から、どっと笑い声が上がった。


悪い気持ちはしなかった。むしろ気持ちがよかった。


「お前らパヨクの中にもー、独島が韓国の領土だてー言うやちゅがどれだけいるんだよ!? いねーだろ、そんなによ? まあ、お前らが本当に在日だって言うんだったら分からんけどな。韓国と日本はー、こーんなふうに、徹頭徹尾、一から十まで意見が合ってねーんだよ! たったら断交だろ、断交! さっさとやろう!」


「そうだぁーっ!」「さっさとやれぇーっ!」


「今まで韓国はー、さんじゃん日本が嫌いだって言ってきたんだ! それなのになじぇ今まで気じゅかなかったんだ? 韓国と日本、性格が合わないって! なのに今さら韓日友好だって? お前ら莫迦にしてるだろ、この日本の糞左翼アホ!」


「左翼どものアホ!」「莫迦にしてるだろ!」


「そんな日本で軍隊行かない在日! 一体何してるんだ日本で毎日? そ知らぬふりして唱える友好、ただただむなしくなる意見の無効! お前ら全員、韓国嫌い! 俺もやっぱり日本は嫌い! 上っ面だけの卑猥な友好、そういう俺たち嫌いな左翼!」


「嫌いだ!」「そうだ! 嫌いだ!」「パヨクも韓国も嫌いだ!」


どういうわけか、念仁の演説は次第にラップ調となってきた。太鼓の演奏もまた、念仁の演説と合ったものに変化してきた。


「俺たち止められない感情、みんなでここに集まって参上! 韓国を嫌ってデモするチョッパリ、俺も嫌いなんだよ日本はやっぱり!」


「とめられない」「感情!」「やっぱり!」


「韓日関係乗り上げている暗礁、友好関係という船の座礁!」


「暗礁!」「友好関係は!」「座礁!」


「ヘイ、チェケラッチョ! 国家の対話はいちゅまで難航? それなら今すぐとっとと――」


「「「「「「断交!」」」」」」

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