第9話 彼女の秘密
あれから、美姫は疎らながらも電話を掛けてくれる。
つれない返事が多いが、それでも少しは進展していると思いたい。
危惧されていたセカンドシングルもそれなりに軌道に乗って、その話の時だけは彼女も嬉しそうだった。
一方で、奇行はまだ治らない。
医師がロープで彼女を縛り付けたとしても、ロープを寝ながら解いているのだ。
今度はセラミックの拘束具を使うと言う話まで出て、電話口の桜井さんが顔をしかめた。
私はと言えばわだかまりも断ちきり、仕事をこなせている。
新曲のプロモーションにも入ろうか、という矢先だ。
八雲はいつもの様なとれたて新鮮な妹キャラで抜群の知名度を誇っている。
紆余曲折したが後輩ちゃんも無事デビューが決まった。
事務所の顔ぶれも新しい人が何人か入っている。
平和だ。
オフらしいだらけた格好で応接間のテレビを見ていた。
「優姫、お客さん」
桜井さんが連れてきた人間は、予想通りの人間ではなかった。
かっちりしたスーツの男性が私を見下ろしている。
あぁ、せめて髪ぐらい後ろで束ねよう。
「初めまして。神宮産業技術推進事務室内先端技術推進科の杉下です」
とりあえず挨拶する。
えっと……。
「早い話が研究員です」
あぁ、納得。眼鏡だし。
座ってもらった。
ええっと……。
「下川さん、神宮美姫って知っていますか」
いえそりゃまぁ。一応電話しあう仲ですし。
スーツの男は「それなら話が早い」と立ち上がり、私の手を引いた。
「是非見て貰いたいものがあるんです」
何者なのこの人は。研究員って事は分かるけど。
桜井さんは男の手を握り、立ち塞がった。
「私も同行出来ないようでしたら、うちの優姫をお貸しすることは出来ませんが」
笑顔の奥に冷静さがある。頼りがいのある大人が周りにいて助かった。
社長はアレだし。
男は少し悩んで、承諾した。
手を引かれるまま、桜井さんの車に乗って移動する。
マネージャーとしての判断なのだろう。
「いやぁ、すいません。ついつい先走っちゃうもんで」
「段取りを追って説明していただけますとありがたいのですが」
引っ付いてきた八雲も連れ、シルバーのセダンが走る。
ナビに入力された神宮産業技術推進事務室は神宮外苑の近くにあった。
美姫の家もあの辺りだった気がする。
「実は僕が美姫のマネージャーみたいなもので」
「あら、美姫ちゃんスネてたみたいですよ。マネージャーが構ってくれないって」
男は申し訳なさそうな口調で話し続ける。桜井さんと同じ年齢くらいの腰が低そうな男だ。
ところで桜井さんって何歳なんだろう。
「それに関してもとりあえず全部向こうでお教えします」
男はそう言うと黙ってしまった。
分からない。研究員に捕まるような事したかな。
八雲と一緒に首を振る。
身に覚えが無い。
ナビゲーションが到着を告げると、助手席の男が降りて守衛に説明している。
そのまま敷地内に乗り入れた。いかにも、といったビルと横長い建物が鎮座している。
よく見る大学のイメージのような、頭の良さそうな印象だ。
この男にしても、どこかの大学のエリートなのだろう。
何故研究員が美姫のマネジメントなんかするハメになったんだろうか。
少し気になる。
入り組んだ細い細い廊下を抜けると、地下階に降りるエレベーターが見える。
何も分からずに地下階へ降り、エレベーターホールから廊下を進んだつきあたり。
そこに、彼女は居た。
「ようこそ、下川優姫」
そこにいたのは、神宮美姫だった。
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