第7話 巡る奸計、巡る思い

「すいません、遅れちゃってー」

 十分の遅刻で美姫はやってきた。仕事じゃない時はこんなものなのか、この子は。

 ショートカットに合うボーイッシュな服装の美姫。度を超したボーイッシュ、男物。

 男と一緒に歩いている所をスクープさせ、意地でも私を潰したいらしい。

 本能がアラートを告げている気がした。

「かわいい服を選んで貰うつもりだったから、男の子っぽくキめてみました!」

 ファッションポイントを明るく話し、その場でクルっとターン。後ろ姿は男の子に見える。

 美姫にとってはショップまでが勝負。どこかにタレコんでると踏んで正解だった。

「で、あのカメラさんは」

 ハンディカメラを近づけながら私たちに近づいてくる。

 私の自衛手段、八雲だ。

「おはようございます美姫さん」

 八雲は恭しくお辞儀する。

 アイドルが責任編集する番組を私から引き継ぎ、しなくても良いのにカメラを持って飛び回っている。

 時にはプロ仕様のカメラを担いで番組製作に関わっていたり。

 プライベートを仕事に変えてしまえば、記者も騒げない。

 ……と八雲が提案してきた。

「えぇっと……、番組の一環?」

 八雲の番組を知っているようだ。

 美姫の顔に困惑が浮かぶ。事務所との契約か。

「いえ、最近のマイブームなんですよ」

 あくまで趣味、と言うことで八雲は付いてきた。

 連れてくるつもりは無かったのだが、本人がどうしてもと言って聞かない。

「お姉ちゃんと謹慎終わりを祝いたくて、仕事キャンセルしちゃったんです」

 美姫ちゃん、八雲も呼びたいって言ってたよね。

 すかさずフォロー。

「お二人はプライベートでも仲が良いんですね」

 だからそう言うときに私の顔を撮るなって。恥ずかしいってば。


 何の変装もしていない私を見て、黒山の人だかりができる。

 途端に写メの音が聞こえ、男装少女の正体が看破されていく。

 とりあえず第一段階クリア。これで対等の場に立てる。

 八雲が周りの人々を撮って喜んでいた。ツーショットにも応じている。

 これがキャラじゃないというのが彼女らしいところではある。ボロも出さないし。

「じゃあ行きましょうか」

 さすがに電車を使うわけにも行かないと、美姫がタクシーを拾う。

 サインまで書き始めた八雲を引っ張りながら黒塗りのハイヤーに向かった。

 万全を期して、車上に桜井さんを待機させてある。シルバーのセダンが車列の最後尾に付けていた。

「やっぱりこれ編集して放送したいなぁ」

 美姫だけモザイクかける?

「お姉ちゃんのエッチ」

 かわいいなぁもう。プチ嫉妬。


 美姫側は計画倒れだろうが気が抜けない。車の中で他愛もない話をしながら目的地へ進む。

 カメラマンを連いてきたのは正解だった。撮られている方が冷静に対処できる。

 表情にこそ出さないが、美姫に動揺が見え隠れし始めた。

 しきりに景色を眺めては溜息を漏らしている。


 八雲が脇腹を突いた。

 彼女は目線でその先にあるものを教えている。

 一つ向こうの車線に、後部座席からスクープを狙うカメラマンの姿があった。

 美姫がこちらを向かなかったのは、自分の背中を男と見せるためか。

 八雲とふたり、ピースサインで応える。

 カメラを意識させたらヤラセ。ご苦労様でした。

 後は桜井さんがパパラッチの契約先を調べてくれる。

 最高のチームワークで動けている。ある意味、美姫に感謝すべきだろう。

 私に挫折を味わわせてくれたのはあなたなのだから。


 案の定タクシーは街中で止まる。どこにパパラッチが居ても何ら不自然ではない。

 八雲カメラは私と美姫の周りをせわしなく回っていた。死角を撮られてなるものかと言った具合に。

 私は出来る限り周りの人々に挨拶しながら進む。存在をアピールすればスクープにしづらい。

 焦燥感に足を速める美姫とは対照的に、握手に応じたりしながら目当ての店に向かう。

 なんだかんだ言っても、まだ世間に認知されているようで安心した。



「ねぇ、優姫ちゃん」

 都内のカラオケボックスに美姫を連れ込んだ。

 私はどうしても彼女と話がしたかった。

 老婆心からだろう。誰が老婆だ。

「どうしてそんなに警戒してるの?」

 鉄火場への扉は開かれたらしい。八雲はカメラを下ろして固唾を呑んで修羅場を見守っている。

 いや、見守っていると言うよりは見過ごしている。一人選曲機器で遊んでいた。

「突然八雲ちゃんを連れ出したり、服も買わずにこんなトコ連れ込んだりして」

 どの口がそんなこと言ってるのかしら。

 とりあえず遠巻きに、私が先に怒らないように話を進めていく。

「私ね、美姫ちゃんと話がしたかったんだ」

 「話だったら買い物しながらでもできるよ」と彼女は言う。そんなつかみ所のない話じゃない。

 アイドルとしての謎の多い部分と、彼女の今後について。今の私と八雲について。

「どうしてそんなに一生懸命になってるのかなって思ってさ」

 少しキてるであろう美姫には十分に通用する一言だった。

「ちょっとばかり先にデビューしたからって先輩風吹かせるんだ」

 私が彼女の立場だったら全く同じ事を考えていただろう。それ程に私と美姫は似ていた。

 もう過去の話だけれど。

「何様のつもりよ。いっつも私の先に居るあなたが今更降りてきて」

 違う、今のあなたはもう私よりも先に進んでいるわ。

「今更謝ったって遅いわよ!」

 美姫の顔が曇っていく。神宮美姫がその真の姿を私と八雲の前に現した。

 剣幕に八雲が飛び上がる。

「せっかく華々しくアイドルになれたのに、もう降りろって言うわけ?」

 違う。私はあなたの事が心配で。

「何が心配なのよ! 私の計画を潰したあなたが何を考えるの!」

 そう、私はイレギュラー。今日のあなたの行動計画だって逐一看破したわ。

「何よ、気づいてたなら帰れば良かったじゃない!」

 気づいていたからこそあなたと話がしたかったの。

 八雲も頷く。

「じゃあ聞くわ。何を話したかったの」

 美姫は平静を取り戻さないまま、矢継ぎ早にまくし立てる。

 彼女に聞くことはひとつ。彼女をサポートしてくれる人は居るのかどうか。

 居ないのなら、私が彼女の役に立ってあげたい。八雲が私にしてくれたように。

「あのね……。相談とかあったらいつでも話してほしいの。一緒に悩むから」

 美姫は立ち上がり、薄笑いをひとつくれた。蔑むような目で私を見る。

 バッグの中から財布を取り出し、一万円札を机に叩きつけた。

 また怯える八雲。

「下川優姫、有沢八雲。あなたたちは何があっても私がこの手で潰す」

 「偽りの姉妹さま、ごゆっくり」吐き捨て、部屋から出て行った。

 やはり彼女は私と同じ。まるで私のクローンであるかのような思考。

 何とかしたいけれど、もうどうしようも出来ないかもしれない。


 八雲が擦り寄ってきた。潰される、そう考えていることだろう。

 八雲を守るため、美姫を自惚れから救うため。

 私が出来る事は一つ。

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