第2話 天性の才能
なにこれ。
これも、これも、これも、これも!
事務所のソファテーブルにこの一ヶ月以内に刊行されたメジャー誌を並べてある。
芸能情報をチェックするため、事務所費で購入している雑誌群。【芸能界対策ノート】には必須の情報源だ。
衝撃的なデビューから1ヶ月で巷の話題をかっさらった新人アイドル・神宮美姫。
ティーンズ雑誌、青年誌、テレビガイド、地方誌。全ての表紙を飾っているのは、あの時の栗毛少女。
1ページの特集から10ページを超える対談まで、手を変え品を変えジャンルを変え手広くカバーするアイドルを私は他に知らない。
武道館ライブを大盛況に終わらせた私の特集はアイドル雑誌と青年誌にグラビアが載る程度。
ライブDVDの購入予約は順調で、プレス予定数を大幅に超えた。購入者限定ライブも計画中だ。
新曲CDはいつもより売れている。このペースならミリオンも達成できるかもしれない。
しかし、神宮美姫のデビュー曲『アかりをつけて』は発売2週間でミリオンを達成してしまった。
何かがおかしい。販促も何も打たなかった新人アイドルがこれだけ成功するハズがない。
チャートを買収してランキング操作した?
――初動が私以上の位置なんてバカげた操作はしないハズ。
ネットでの下馬評が高い新人?
――いや、ネット掲示板の連中は私との変態妄想を書き連ねてるだけだった。
ま……、まさか私を引きずり下ろそうとする広告代理店の陰謀なの!?
「おはよーさん。いやーすごいね美姫ちゃん人気」
大江戸芸能事務所社長・キューティー久松が歌いながら出勤してきた。
「あっなたっといったいかぁらぁ~あっかりを……」神宮美姫の歌を口ずさみながら。
「こりゃー優姫のお株も奪われたかな?」
とりあえず社長を睨む。
「おー怖!」社長は吐き捨てながらネクタイをゆるめて、私の向かいに座った。
大江戸芸能は小さな事務所ゆえに、社長も所属タレントのマネージメントを行っている。
下川優姫の妹分という事で売り出し中の有沢八雲16歳の担当だ。
「八雲もビビりっぱなし。一体何者なんだろうね彼女は」
まぁ八雲なら仕方がない。あの子はここ一番で弱いから。
社長の話を無視して、神宮美姫特集記事を読み込む。
アイドルとの対談は大抵どこかに事務所の担当が見落としたウィークポイントがあるものだ。
言うなれば粗探し。
オフだからボサボサの髪を直しもせず、今朝から4時間にらめっこだ。
「粗探し中悪いんだけど、彼女相当言葉を選んでるわよ」
先んじる言動でおなじみの桜井さんがコーヒー片手に柔らかく腰を下ろす。
さりげなく私にコーヒーを渡し、チェック済みの雑誌を広げはじめた。
「えーと、『弱冠18歳の清純派、歌姫を超す技量』だってさ」
あー。
目に入った途端に嫌気がさして脇に投げ捨てた批評だ。取り上げて桜井さんが言う。
「歌姫・下川優姫の歌声もさることながら、神宮美姫の声には下川にはない特徴がある」
F分の1のゆらぎ。
このゆらぎを持つ音は、安息効果をもたらすアルファ波を放出すると言われている。
これは訓練によって得られる物じゃない。私にはなくて彼女にある、私と彼女の決定的な違い。
「そう。いわば彼女の天賦の才。いわば歌うために生まれてきたような理想的なアイドル」
才能、か。その言葉だけは聞きたくなかったんだけどな。
手元のコーヒーを一気飲みした。途端に空きっ腹が鳴り始めるがそんなことは気にもならなかった。
オフ用眼鏡を外して、ソファに横になった。結構な量の雑誌が積まれていた事に気づく。
あれだけの量を全てチェックしても粗は見つからない。おそらくこれからも。
桜井さんも社長も黙り込んだ。これまでのようにはいかない、二人ともそう悟ったのだろう。
「おはようござい……」
死んだ魚の目で事務所の入り口を見る。仕事上がりのジャージ姿で後輩アイドルが立っていた。
「……ます」尻すぼみになる。仕方がない。稼ぎ頭と社長が項垂れているのだから。
「おはようございます」
近づいてもう一度挨拶する健気な有沢八雲。私は適当に挨拶してソファから起き上がった。
この子は席を空けないとずっと立ってるタイプの子だ。
「おはよう。八雲、そこに座りなさい」
少し緊張しているのか、声が上擦っていた。
八雲は下川優姫の妹を決める、というオーソドックスなオーディション方式で選ばれた子だ。
面接には私も参加した。彼女は好きだ。他のアイドルの卵達と違い、自己主張を嫌がる。
引っ込み思案のアイドルなど売り出し中なら以ての外だが、そこは下川優姫のネームバリューだ。
下川優姫の強烈な個性と、有沢八雲の引っ込み思案。この対極でお互いをダシにして生きている。
最も、ダシにしているなんて考えているのは私だけだろう。
八雲は素直で、陰謀渦巻く大人の世界には居ないのだから。
「八雲ちゃんはココアよね」
「は、はい! ありがとうございます桜井さん!」
私もココアー。
「はいはい」
社長の長いお小言がはじまった。生粋の引っ込みキャラに戸惑うテレビ局からのクレーム関係。
八雲はいつも泣きそうになりながら、か細い「はい」の声をマネージャー兼社長に返す。
それでいて、社長の居ない所でも彼女はとても素直で目立たないように過ごしている。
私が努力で勝ち取ったアイドルだとするなら、八雲はそのキャラクター自体が天然のアイドル。
別にそれを羨んだり妬んだりはしない。
八雲はその性質上、絶対に私を超えていかないからだ。
設定上超えられない、下川優姫の妹という壁。
だから安心できる。この子は私を脅かさない。この子は必ず私より先に落ちるのだ。
アイドルがアイドルを妬む時。それは追い抜かれる寸前だ。
そして今の神宮美姫に対する私の感情。
これまでの経験から、私は追い抜かれる寸前。
「だから、あーいう状況ではノらないとダメ」
「う……はい……」
「メアド聞いてきた共演者さん相手に引いたってどういう事!」
「三上さんって怖くて……その……」
「いくら引っ込み思案で人見知りを売りにしてるって言っても少しは変えないとダメだよ!」
八雲にそんなことを期待するのは見当外れだと思う。
「見なさい優姫を。オフでは髪すら解かない!」
それほどでも。いやそれ関係ないよね社長。
「分かりました! 私もオフの日は寝ぐせ直しません!」
「そうじゃなくてー!」
「ひぃっ!」
八雲が小さく縮こまって社長の雷を受けている。
……そろそろ助け船を出してやるか。重い腰を上げた。
「もう良いんじゃないですか、八雲も反省してますし」
無言で頷く八雲。あ、ちょっとかわいい。プチ嫉妬♪
「これからは大事な時期なんだ。お前にも八雲にも」
思わぬ所から蛇が出てきた。八雲は潤んだ瞳で私を見ている。
そんな瞳で私を見つめるなー!
「八雲は優姫の人気を拠り所にしてる。それはお前も知っているだろう」
そりゃそうですけど、私が落ちぶれたりしませんよ。
栗毛の少女が脳裏を過ぎる。いや、今までと同じように私は生き残る。アイドルとして。
「神宮美姫はホンモノだ。優姫、これはお前がホンモノじゃないって言っているワケじゃなくてな」
分かってます。これまでみたいに私のキャパだけじゃ難しいって言ってるんでしょ。
「言いにくいことをズバッと言うねキミは」
「優姫さん……」
そう。事務所のこれからも妹の八雲の進退も、私の努力にかかっている。
いつもと同じ。ちょっとばかし相手がすごいだけで、いつもと同じ……。
「敵情視察も大事よね」
散らばった付箋だらけの雑誌を片付け、桜井さんが社長の隣に座った。
私はココアを受け取り、脇にどけた雑誌の表紙を見る。
『歌姫、陥落か!?』
はぁ。また一つ溜息をつく。
「はい。これは何でしょう」
桜井さんがつづら折りになった紙切れを取り出した。チケットだ。
切り離さないで私に見せる。三枚折りになったチケットは見覚えのある名前。
ライブハウスBEEP。下積み時代に通い詰めた小さなライブハウスだ。
「コレって美姫ちゃんの……!」
八雲が身を乗り出して、私の右半分にもたれ掛かってきた。
数人の出演者に混じって神宮美姫の名前がある。
「さぁ、これから行くから支度して」
桜井さんは柏手を打ち、言うが早いかサマースーツを羽織った。
敵情視察。
そうか、実際に相手を知らないと戦えないものね。
「りょ……涼子ちゃん。ボクの分のチケットは?」
社長は桜井さんに、八雲直伝うるうる目を浴びせている。
桜井さんは笑って、つづらを三等分して自分のポケットに入れた。
やっぱり仕事が早い。デキる女だ。
「お留守番よろしくお願いします。さ、行くわよ二人とも」
ちょっと桜井さん、服とか化粧とか!
「そうですよー。すっぴんなんですから」
「移動中に支度しなさい! はい走る走る」
私と八雲を背中から押しながら事務所を出る。
記事の上では誇張されているかもしれない。
きっとそうだ、そうに決まっている。
嘘のつけないライブハウスで、本当の実力を見切らなければ。
私のために、私のために。
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