第37話 子ども

「お父……さん。なんで……?」

 あたしは、ふり絞った声で訊ねた。

「零君の身に、危険信号が入ったからだ」

「危険信号……?」

 お父さんは感情を失くしたように話した。

「零君には、危険が及ぶと自分自身でゼロ号研究所に連絡を入れるように言ってあった。また、突発的な事故の場合、一時間以上、連絡が取れなければ研究所の者が零君の元へと向かうようになっていた」

「お父さん……、零は……一体……?」

 お父さんは観念したかのように答えた。

「零君は…、俺の研究所で作られた」

「作ったって…?」

「零君は人工知能を内蔵したロボット。通称ゼロ号だ」

 あたしは言葉が出て来なかった。言葉にした瞬間全てが現実に戻されてしまう気がして。これが現実じゃなきゃ良いのに。そうなら、この出来事も全部夢で、起きたら零が微笑みながらあたしの手を取ってくれる。だけど、いくら覚めようと努力しても、雨の冷たさが、現実を感じさせる。

 零は男の人達によって、何か点検をされているようだった。

「ゼロ号開発は人の道を外れた研究だ。だけど、俺は人の道を踏み外してしまったようだな」

「…じゃあ、零のお父さんは? お父さんがいるって言ってたよ」

 お父さんはあたしの質問に答えた。答えを拒む気はないようだ。

「それは、俺のことだ。零君は外では俺のことを『お父さん』と呼んでいる。まあ、俺が作ったのだから、あながち外れてはいないが」

 零の苦しみ。悩み。それが作られたものだったなんて。あたしは、お父さんやその研究所の目的がわからなかった。いや、わかっていたけど、それを認めたくなかった。認めてしまえば零の存在が、それを目的にした存在になってしまうからだ。

「零は、どうして作られたの?」

「……」

 お父さんは押し黙った。

「お父さん。教えて」

「それは……」

「さっき男の人が言ってたの。「これなら、軍事にも使える」って。そういう目的で零を作ったの?」

 お父さんは覚悟を決めたように言った。

「そうだ。ゼロ号研究の最終目的は軍事だ。だけど、その過程で医療や日常の生活に役立てる、そういう計画でもあった」

 零が戦争の道具に使われる?あたしは地面がぐらついた。めまいを起こしたようにふらついた。やっぱり考えは当たっていた。

「零は……、そのことを知ってたの?」

 お父さんは頷いた。

「零君は何もかもを理解していたよ。その上で協力してくれていた」

 零は知っていたんだ。だからあんなに難しいことを考えていたのかもしれない。普通の高校生男子では考えの及ばない遠くに考えを持っていっていた。

「じゃあ、零が家に来た時は?零はお父さんのことを知ってたんでしょ?お母さんも事情を知ってたの?」

「あれも俺の仕事の内だ。零君の言動を見守っていた。零君の家に行ったのも、モニターで見ていた。あのマンションの五階から十四階が研究所だからな。それと、お母さんは何も知らない。このことを知っているのはごく一部の人間だけだったからな」

 零とあたしは最初から見張られていたんだ。ずっと、零はそのことを抱えて暮らしていた。あたしはお父さんに軽蔑の目を向けた。

「最低……」

「ああ、わかっている。だけど、これだけは覚えていてほしい。蓮も零も俺の子どもだ、ということだ」

「……」

 あたしは行き場のない怒りを発散したくてその場で地団駄を踏んだ。泥が跳ねた。雨に濡れた零が運ばれていく。「零を連れていかないで」、そう言ったけど、作業を止める気配はない。

 あたしは、零のそばに駆け寄ろうとした。お父さんに引き戻された。

「蓮。零君は必ず助けるから。今日はもう帰って待ってなさい」

「嫌よ。零のそばにいる」

「田川君。頼む」

「はい」

 田川と呼ばれた人があたしを制止した。お父さんは男の人達と一緒に零を連れて離れていった。



 家に戻っても憂鬱な気分は晴れなかった。髪は濡れたまま。乾かす気力も湧かない。零は機械だったんだ。そう思うと、色々な部分に合点がいく。だけど、あたしはそれを認めようとしていない。頭では認めているのかもしれない。だけど、心では認められていない。

 あたしは、携帯電話を取り出した。零に電話を掛ける。何コールしても出ない。やっぱりあれは事実だったんだ。

 零がこの電話に出れば、さっきまでのことは全て夢だったと思えるのに。

 頬を温かいものが伝うのに気付いた。なぜだろう。悲しみ、悔しさ、そんな感情の涙でもこんなに温かいなんて。

「蓮。ご飯よー」

 あたしはご飯を食べる気力がなかった。寝転んだ時にペンダントがチャラッと鳴った。そういえばこのペンダントトップって開くんだっけ。あたしはペンダントトップを開いた。中から紙が出てきた。住所の書かれた紙だった。零が託してくれたメッセージだ。

 あたしはすぐにパソコンで検索した。出た場所をメモして、玄関へと向かった。

「蓮。どうしたの?」

 玄関で靴を履いているとお母さんが後ろから訊ねてきた。

「ちょっと外に出てくる」

「こんな時間に? 明日にしたら?」

「今じゃなきゃダメなの。行ってきます」

 あたしは家を飛び出した。

 電車に乗って何駅も先に向かった。

 住所の場所に近付くと、どんどんビルも消えていった。次第に草原のような場所にたどり着いた。周りに何もない。枯草がたくさんあった。踏みしめると、雨に濡れた土の感触がした。泥にはまらないように、更にそこから歩いた。辺りの景色に街灯はなかった。外は寒かった。周りに建物がない分、吹き突ける風が更に冷たさを増していた。月が空に昇っている。三日月だ。

 住所の書かれていた場所には小さな小屋があった。中に入ろうとドアを開けようとしたけど、鍵が掛かっていて開かない。あたしはがっくりとうなだれた。そこへ、誰かが近付いてきた。夜の人気のない場所だから、少し怖かった。でもそれも、姿がはっきりと見えたら安心した。

 零がいた。



「右腕は交換できたが、胸の傷は修復が難しいな」

 仰向けに寝ている零に何本もの線が繋がっている。佐々木本部長は零を解体した。田川主任は提案した。

「やはり、データを移し替えて新しいものを作った方が良いのでは?」

「それは、ダメだ」

「ですが、このままでは全てが無になってしまいます」

「ならば、その時は俺の首を差し出すと良い。俺はその覚悟くらいはある」

 田川主任は言葉が出なかった。佐々木本部長と田川主任と他の技術者で蓮の修復に当たった。

「データの破損は前に直したから、今回は胸と頭のデータの修復だ」

「胸にあった人工臓器は交換しますか?」

「ああ、自力で生体維持出来る場所まで持っていくぞ」

 佐々木本部長は零の修復に全力を尽くした。細かい指示をしながら、自分も胸の解体をして、修復の作業を進めた。

 やがて、修復は終わり、零を部屋のベッドに寝かせた。

「ゼロ号が無事で良かったですね」

「ああ、俺にとっては、三人目の子どもだ。どうしても助けたかった」

 佐々木本部長は、疲れ切っていた。肉体的な疲労もあったが、精神的な疲労も大きかっただろう。そのことを察した田川主任は佐々木本部長に声を掛けた。

「本部長はもう戻って休んで下さい。後は僕達でどうにかしますから」

「そうか。悪いな。後は任せたぞ」

 佐々木本部長は頷いて、部屋を出ていった。

 田川主任は一人で作業に取り掛かった。零から得た情報を解析して、次の人工生命の研究に充てる。すると部屋のドアが開く音がした。

「本部長。忘れ物ですか?」

 振り返ると、本部長ではなく零が立っていた。

「ゼロ号…。こんなところで何を…」

 零は懐からナイフを取り出し田川主任にあてがった。

「ひっ」

「今から、僕の言うことを実行しろ。そうすれば何もしない」

「…なんだ?」

「僕に関するデータを全て消去しろ」

 田川主任は緊急ボタンに指を伸ばした。零はナイフを指先に持っていった。

「切り落としてもいいんだよ?どうせ僕は捕まらない。どこにも存在しない存在だからね。早く実行しろ。じゃないと…死ぬよ?」

「わかった…」

 田川主任はパソコンを操作した。データの消去を行った。

「そうだ、それでいい」

 やがて、消去が終わったところで、田川主任が言った。

「これで良いだろ? 許してくれ」

「ああ、データは消えた」

 安心した表情を浮かべた。

「じゃあ、これで…」

 零は机にナイフを突き刺した。

「けど、バックアップはあるんだろ?」

 田川主任はうろたえた。

「それは…」

「バックアップも全て消せ」

「そんなことしたら、僕は…」

「首になるかもね。でも今命を落とすのとどっちが良い?」

 田川主任はバックアップのフォルダを開いた。

「わ、わかった…」

 田川主任はバックアップのフォルダを消去した。

「よし。それで良い。そのまま目を瞑って、十秒数えろ。振り返るなよ」

 田川主任は言う通りにした。十秒後振り返ると、人影はなくなっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る