第30話 不穏

 家までの帰り道で、宵月が友達と一緒に歩いてるのを見かけた。

「昨日は本当にごめんな」

 宵月が言った。友人は俯いている。

「俺の方こそ、悪かったな。宵ちゃんが凄い上手かったから…」

 友人はごにょごにょと口籠ってしまった。それを聞いた宵月は元気に言った。

「今度またみんなで遊ぼうぜ」

「うん。また誘ってくれよ」

「おう。じゃーなー」

 友人は手を振って帰って行った。宵月は振り返り、あたしに気が付いた。

「姉ちゃん。いたのかよ」

 恥ずかしいのか、動揺してるように見えた。

「偶然ね」

「じーちゃんの言った通り謝ったぜ」

「良かったじゃない。仲直り出来て」

 あたしは宵月の頭をがしがしと撫でた。

「やーめーろーよー」

 手を振り払った。

「帰ったらおじいちゃんに言いなさいね」

「うん。わかってる」

 あたしと宵月は家まで一緒に帰った。



 自宅に着くとお母さんが迎えてくれた。

「今日は二人で帰ってきたの?珍しいわねー」

「さっき偶然会っただけだよ。俺ちょっとじーちゃんのところに行ってくるわ」

 宵月はおじいちゃんの部屋へと向かっていった。

「良かったわね。宵月が元気になったみたいで。蓮のおかげかしら」

「あたしは、ちょっと背中を押しただけだよ。宵月が自分で乗り越えたんだよ。多分、おじいちゃんのおかげかな」

「そう。じゃあ、私は夕飯作りに戻るわね」

 お母さんはそう言って、キッチンに戻っていった。

 あたしは、宵月がおじいちゃんに会ってる間、部屋で携帯を眺めていた。零に連絡を取るかを考えていた。零から連絡が来ることは稀だった。

 あたし達、本当に付き合ってるのかな。

 そんな疑問が浮かんでいた。確かに手を繋いで帰るし、お昼休みも放課後も一緒にいてくれる。でも、何かが足りない気がしていた。それはあたしのわがままなんだろうか。わからないから、零に連絡が出来なかった。

 廊下をバタバタと歩く音が聞こえた。多分宵月だろう。おじいちゃんと話すのが終わったのかな。あたしは自分の部屋を出て、おじいちゃんの部屋へ向かった。

 おじいちゃんの遺影が優しく微笑んでくれていた。この優しい笑顔に何度も救われ、教えられてきた。

 あたしは手を合わせおじいちゃんに心で語りかけた。

『おじいちゃん。さっき宵月が挨拶に来たでしょ。宵月、おじいちゃんとの約束をちゃんと守ってたよ。友達とも仲直り出来たみたい。良かったよね。あたしはね、絵を描いたんだ。石膏のデッサン。まだまだ上手くないけど、おじいちゃんが生きてた頃見せてくれた絵みたいに、綺麗な絵を描けるように頑張ってるんだ。あ、それと、前に挨拶した零っていう男の子覚えてる? 零って絵が上手なんだ。あたしよりもずっとずっと上手に描くんだよ。あたし達は元気に過ごせてるから、おじいちゃんはそっちで見守っててね』

 あたしはそのまま礼をして、立ち上がった。おじいちゃんはきっと見守ってくれている。そう思うと自分は一人じゃないんだって思える。

 大丈夫だよ。

 おじいちゃんが心配しないくらい強くなるからね。



 またあの耳鳴りだ。頭の中の回路がショートしていく感覚がした。

 本当に頭が割れているんじゃないだろうか。耳鳴りはどんどん大きくなっていった。

 水面に大きな石を投げ込んだみたいに、大きな波紋が押し寄せるような頭痛がした。割れるような、締め付けられるような頭痛だった。

 次第にその頭痛も治まり、耳鳴りだけが残った。頭の回路はいくつかショートしていると思う。

 だから、すっきりと回復はしない。

 窓の外には車のライトや街灯、街の灯りがあった。

 光は希望だ。だけど、あの光は希望の光ではない。

 人間に作られた、捻じ曲げられた希望だ。

 本物の光はどこにあるんだろう。

 蓮。君はもう見つけているかな。



 昨日は零からの電話はなかった。あたしからも電話をしていない。こんな日は初めてだった。いつからか忘れたけど、毎日夕方に連絡を取り合うのが、あたし達の習慣だった。なのに昨日は全く連絡を取らなかった。

 何か不安な気持ちがあった。あたしは、急いで支度をして、学校へ向かった。学校に着くと、那智が話しかけてきた。

「零君、今日は休みらしいよ」

 あたしは切れた息を整えながら聞いた。

「なんで?」

「なんか風邪らしい。詳しくは聞いてないけど、病気だって」

 零は出会ってから病気になったところを見たことがなかった。いや、病気に罹らない方がおかしいのかもしれないけど、それが零だと、何か違和感を感じた。始業の鐘が鳴り響いた。今日はまだ零に会っていない。そのまま授業が始まった。



「今日零君休みだって」

 太った女生徒が言った。

「休みなのは残念だけど、懲らしめるには良い機会じゃない?」

 つり目の女生徒が言った。

「今日が一番良いかもね」

 痩せた女生徒は笑った。

「じゃあ、昼休みに決行ね」

 太った女生徒が提案した。

「あの子どんな顔するかしら」

 痩せた女生徒は興奮を漏らした。

「きっちりやりなよ。ちゃんとわからせないといけないんだから」

 ボス格の女生徒が制した。

「わかってるって」

 太った女生徒が頷いた。

「じゃあ、昼休みに」

 ボス格の女生徒はそう言ってクラスに戻っていった。

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