第29話 ブルー・ローズ
お昼休みは零と屋上で過ごすのが一番良い。あたしは寝転がって、零はフェンスに寄りかかる。これもいつも通りの光景だった。風がだんだん冷たくなってきた。気持ちの良い日向ぼっこが出来なくなってきた。
でも校内で零と一緒にお昼を取っていたら、絶対に周りの女子に何か言われる。それは確定していることだった。ここはあたしと零の安全な秘密基地みたいなものだった。
「この場所って秘密基地みたいだね」
あたしは思ったことを口にした。
「秘密基地か。面白い考えだね」
零はいつも通りのままでいた。優しく柔らかい表情と声音であたしの言葉を受け止めてくれる。
「だってさ、あたしと零だけしかここに来ないんだよ。立派な秘密基地だよ」
零は穏やかな声で言った。
「じゃあ、誰にも邪魔されないようにしないとね」
あたしは頷いた。
空は晴天。目の前に広がる青はどこまでも続いていた。
果てのない空。寝転がって空を見ていると、その空に浮かんでいるみたいな気分になった。零しかいない、そんな世界。煩わしく感じることも忘れてしまうような、そんな空だった。
「ねえ、蓮」
「何?」
「今度の日曜日一緒に過ごさない?」
あたしは驚いた。
零からそんなことを言われるなんて思いもしていなかったことだったからだ。おじいちゃんのことがあってから、零は少し無口になっていた。それはあたしに負担をかけたくない、という気持ちだったんだと受け止めていた。そういう風に思わなかったら、あたしの心は傷ついてしまう気がする。
「今度の休みって何かあったっけ?」
「蓮…。自分の誕生日も覚えてないの?」
あたしは思考した。すぐに答えは出た。
「あー、そうだ。もうすぐあたし誕生日だ」
「そう。だから一緒に過ごせないかな、って思って」
「大丈夫だよ。絶対予定空けとくから」
零は微笑んだ。あたしもつられて笑った。穏やかなお昼休みが過ぎていった。
放課後になると、校内の生徒のほとんどがいなくなった。あたしと零は例外で、そのままの足で職員室に寄り、美術室に向かう。ここは第二の秘密基地だった。
知ってるのは、あたしと零と先生以外で那智だけだった。どちらかというとこっちの方が秘密基地になっているような気がする。
零は相変わらず絵を描いていた。今描いているのは以前に描いていた花畑とは違い、花束を描いていた。でも、色が変わっている。青の花束だった。まるで零にだけ違う色に見えているような、そんな絵だった。
あたしはというと、足の石膏のデッサンをしていた。中々難しい。どうしても影の当たり方が不自然になってしまう。零はその絵を見てアドバイスをしてくれる。
それを元にまた絵を描く。その繰り返しをしていた。そのおかげか少しずつ上手くなってきている気がする。自分で見ている分での感想だからあまり当てにならないかもしれないけど。
今日も零はクラスの女子に囲まれていた。その際にあたしの話題が上がると零は途端に不機嫌になる。表情や声には出ていないんだけど、雰囲気で怒っていることがわかる。そうして、零は周りに寄ってくる女子達を一蹴し、あたしの元へ寄ってきてお昼ご飯や放課後の美術室に誘う。
そのことで女子達はあたしのことを嫌う。メールも手紙も収まる気配がない。未だに、匿名でメールが送られてくる。あたしはそのメールを見て落ち込むけど、泣いたりとかはしない。
匿名の卑怯なやり方に屈するのが悔しいからだ。零にも言ってないし、那智には手紙のことは話したけど、メールのことは相談してない。このまま無視していれば、きっと相手はあたしの前に現れる。絶対に負けない。あたしは本当は強くはないけど、だからって弱い振りをするのは絶対に嫌だ。
「零、今日は進んだ?」
「うーん。微妙かも」
あたしはキャンバスを覗き込んで聞いた。
「今はなんの絵を描いてるの?」
「今は、青いバラの花束を描いてるんだ」
バラは普通赤いよな、と頭で考えた。それを零に問いかけた。
「なんで、青なの?赤じゃないの?」
「青いバラは自然には出来ないんだよ。バラにはもともと青色の色素がないからね。だから、出来たとしてもそれはバラじゃない。バラの形をした別の花なんだ。でも、昔から青いバラは不可能の象徴だったんだよ。それを人間の手で可能に捻じ曲げた。だから、描いてみたかったんだ」
あたしは不可能でも可能に出来たんなら、人間は凄いことを達成したことになる、と思う。でも、零にとってそれは、捻じ曲げた、と表現するようなことなんだ。あたしにはそこまでしか理解が出来なかった。
「零ってやっぱり難しいこと考えてるね。あたしにはさっぱりだもん」
零は笑った。
「難しいんじゃなくて捻くれてるのかもね。僕は素直に正面から受け止めることは出来ないのかもしれない」
「うーん…?」
「蓮はそのままで良いんだよ。ブルー・ローズを綺麗だと言える心を持ってるんだから」
零は手を止めずに話を聞かせてくれた。ブルー・ローズ。不可能の象徴。零の絵はそういった、人間の手の及ばない場所を描く。零の心の一端に触れた気がして嬉しかった。零にはどんな世界が見えているのかな。
完全下校の鐘が鳴った。あたしたちは美術室の片付けを済ませ、ロックをしキーを返した。
昇降口を出ると外の空気はお昼とは違い肌を刺すような風が吹いていた。まだコートを着る程ではないけど、カーディガンの上にブレザーを着てちょうどいいくらいだった。零は変わらず、ワイシャツにブレザーのみだった。手を繋ぎお互いの体温を交換した。
「零の手って冷たいね」
「そうかな?」
「そうだよ。そんな薄着してるからじゃない?」
「僕はこれでちょうど良いんだよ」
あたしは肩をすくめた。
手を繋いだまま駅まで一緒に帰った。
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