第27話 思い出
どんなに悲しいことがあっても日常は始まる。
今日も朝を迎えた。気分は最悪だった。だけど、今日も学校がある。あれから宵月は塞ぎ込んでしまった。
元気に遊びまわっていたのが嘘のように、焦点のあっていない目をしていた。あたしは宵月の部屋にノックをした。返事は返ってこなかった。
「開けるよ」
宵月は布団に潜っていた。
「宵月?大丈夫?」
宵月からの返事はない。
「宵月?」
布団の中から呻くように声が飛んできた。
「なんだよ! うるせぇな」
「起きてるんじゃない。返事くらいしなさいよ」
「姉ちゃんにはわかんねぇよ! じーちゃんは俺のせいで死んだんだ! 俺が死ねば良かったんだ! じーちゃんはこの家に必要だったのに」
宵月の言いたいことはよくわかった。自分の命と、おじいちゃんの命を秤にかけている。そうして出てくる答えは大抵、自分の命の方が安く、小さく思えるもんだ。あたしはグッとお腹に力を込めた。
「バカ! おじいちゃんがあんたのこと恨んでるとでも思ってるの? 今のあんたを見ておじいちゃんはどう思う? きっと……悲しんでるよ」
「でも俺が…」
言い訳をする宵月にあたしはきつい言葉を浴びせた。
「そんなのどうでもいいの。おじいちゃんはあたしやあんたに色んなことを教えてくれた。あたし達より先に天国に行っちゃったけど、おじいちゃんとの約束や教えてくれたことを破って良いわけじゃない。あんたもおじいちゃんとの約束があるんでしょ? だったらそれを叶えておじいちゃんにちゃんと謝りなさい。そうしたらおじいちゃんは許してくれるから。おじいちゃんはそういう人だったでしょ」
宵月はしばらく黙って言った。やがて頭を抱えて言った。
「…んな、すぐには無理だよ……。じーちゃんのこと忘れらんねぇんだ」
宵月の声はか細くやっとで出した声だった。もうちょっとで泣き出してしまいそうなほど、弱弱しかった。
「姉ちゃん……。俺、どうしたらいい? どうやって生きてけばいい?」
胸にチクチクと痛みがわく。あたしだって割り切れているわけじゃない。だけど、あたしが今、宵月の前で泣き出してしまったら、宵月の心は救えない。そう思った。
「今日からすぐにしろって言ってるんじゃないの。少しずつ変えていけば良い。それにおじいちゃんを忘れるんじゃなくて、思い出にするの。思い出ならずっと生きていける」
宵月は頭を抱えていた手を下し、一点を見つめ、考えていた。呆然とはしていてもさっきまでの焦点の合っていない目とは違っていた。
「今日はお母さんに頼んで病欠にしてもらうから……」
部屋を出ようとすると、宵月は話し始めた。
「いや……、今日から行くよ。……じーちゃんとの約束を果たさないと」
「……リビングで待ってるね」
あたしはリビングで朝食を取った。お父さんはもう出掛けていた。お母さんは宵月とあたしを心配して、残っていた。
数分すると宵月が制服姿でリビングに現れた。
「もう、大丈夫だから…」
あたしはその言葉を聞いてから玄関へと向かった。宵月も玄関に来た。
「姉ちゃん」
「んー? 何―?」
「さっきは……、ありがとな」
普段はこんなこと滅多に言わない。あたしは宵月の頭をがしがしと撫でた。
「やーめーろーよー」
「その調子。じゃあ、あたし学校行くから、あんたも遅刻しないようにね」
「おう」
あたしは家を出た。
外は冬が来たみたいに寒くなっていた。もうすぐ十一月も終わる。
おじいちゃん。あたし元気にしているよ。そりゃ寂しい気持ちはあるけどさ、それで落ち込んでたらきっと怒るでしょ。だからあたしは元気に笑って過ごすことにするよ。零もいるし、それは出来る気がするんだ。
あたしはいつも通りの電車に乗り、学校へと急いだ。
死の瞬間はあっという間なんだ。
死ぬっていうのはああいうことなんだ。初めて見た光景に動揺している。いつかああいう風に死んでいくのかな。不謹慎だと言われるかもしれない。
だけど強く思う。
ああであって欲しい。
死の瞬間はああいう風であって欲しい。
そう強く願った。
学校に着き下駄箱を開けると、紙が入っていた。ラブレターとかいう類ではないのは想像がついた。四つ折りにされた紙を開くと、大きな文字で
―さっさと消えろ。死ね―
と書かれていた。これは確実に零のことが関係している。おじいちゃんが死んで、やっとで学校に来たのに、下駄箱で「死ね」という単語を見ると結構なショックだった。
そんな単語を平気で使える人がいるんだ。あたしには考えられなかった。
「おはよっ」
後ろから声を掛けられた。那智だった。あたしは黙ったまま那智を見た。
「どしたの? こんなとこで固まって」
那智は人懐っこくじゃれてくる。あたしは那智に小さな声で呟いた。
「実は、こんな手紙が入ってて」
那智に手紙を手渡した。那智はわざとらしいくらい明るい声でその手紙を読んだ。
「なになに? ―さっさと消えろ。死ね―、か。なーんだ。こんなの気にすることないよ。こんな手紙に振り回されてないでしっかりしなよ」
那智はわざと明るい言葉を使って、励ましてくれた。それだけで泣き出してしまいそうになった。
「うん……」
「何かあったら私も零君も話聞くからさ」
「ありがとう」
「ほらほら、じゃあ教室に行こうよ」
その那智の言葉に救われた。
那智の気遣いが伝わるほど、やりきれない気持ちになる。零も那智もあたしに勇気をくれる。あたしも二人に勇気や元気を託せるくらい、強くなりたいと思った。
あたし達は教室に向かった。
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