第26話 幸せ

 あたしと零は急いで病院へと向かった。メールに書かれていた病院は、電車に乗り五駅先の病院だった。あたし一人で行こうとしたのだが、あたしの動揺した様子を見て、零も一緒に行くと言ってくれた。

 あたしは零の手を握りしめて、強く祈った。

 おじいちゃん……。無事でいて……。

 あたし達は病院まで一言も話さなかった。

 零はあたしの手を引き先へと足を進ませてくれた。

 手を引いてくれなければ立ってもいられない。必死に前へと足を進ませる。

 病院に着くと、看護師さんに声を掛けた。

「佐々木蓮次郎の孫ですが、おじいちゃんはどこにいますか?」

 看護師さんは、あたしをそのまま導いていった。あたしは、導かれるままに病室へと向かった。

 病室の前で、お父さんとお母さんが警察と葬儀屋の人と話をして忙しそうにしていた。病室の中に入ると、宵月はおじいちゃんの隣で放心状態になり涙を流していた。あたしは宵月のそばに寄った。零は病室の入り口でその光景を見ていた。

「じ、じーちゃん……。死んじゃった……。俺のせいだ……。俺の……」

 あたしは宵月の震える背中を見つめた。か細く、頼りなげに震えている。今にも発狂しそうな、そんな空気に満ちている。

「宵月……」

「じーちゃん! 嘘だろ? いつもの冗談みたいに起き上がってくれよ! 頼むからさ!」

 あたしは黙ったまま、おじいちゃんの手を握った。

 冷たかった。

 身体が震えた。

 この部屋の寒さからだろうか。いや、寒さだけじゃなかった。

 おじいちゃんの死の恐怖に震えていた。

 お母さんが宵月を呼んだ。話があるらしい。

「宵月、ちょっとお話があるの。来てくれるかしら」

 宵月は放心状態でお母さんの後についていった。

 あたしは涙を流しながらおじいちゃんを見た。今日の朝もおじいちゃんは笑って見送ってくれた。そのおじいちゃんが今はいない。その事実が、重かった。



 おじいちゃんは葬儀屋の手で自宅まで運ばれてきた。零はずっとそばにいてくれた。

 あたしは零の胸で何度も涙を流した。涙ってどこから来るんだろう。あたしはおじいちゃんのいなくなった悲しみでいつまでも涙を流していた。

 数日後、おじいちゃんは煙になった。死因は心筋梗塞だったと後から知った。

 葬儀の間、宵月は自分のことを酷く責めていた。自分が早く異変に気付いていたら、おじいちゃんの言う通り仲直りしておけば、と。

 宵月は拳が割れる程、床を殴りつけた。

 俺のせいだ、と自分を責め、痛めつけないと正気を保っていられない。その姿が痛々しく、辛かった。

 あたしも零がそばにいなかったら正気を保っていられなかった。宵月の痛みが痛いほどわかって、辛かった。

 今あたしは、煙になっていくおじいちゃんを見守っていた。零は隣に寄り添い、煙をじっと見つめていた。

「死ぬってこういうことなんだね」

 あたしは、ぽつりと呟いた。

「そうだね」

 零は短く返してきた。

「おじいちゃんは幸せだったのかな?」

 零はわかっているといった口調で言った。

「おじいちゃんは、幸せだったよ」

「なんで? なんでわかるの?」

 零は少し沈黙を置いた。その後、予言をした。

「いつか、蓮に届くよ」

 あたしには意味がわからなかった。だけど、零は励ましてくれている。おじいちゃんが煙になっていくのを見つめながら、あたしはもう一度涙を流した。

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