第25話 おじいちゃん
『ちゃんとご飯食べたか?』
宵月が家を出ようとした時におじいちゃんに言われた言葉だった。
宵月は、食べたよ、と答えた。
『今日はどこへ行くんだ?』
宵月は、友達の家、と答えた。
『仲良くするんだぞ。友達と喧嘩してもちゃんと謝るんだぞ』
宵月は、わかったよ、と答えた。
乱暴に家を出た。
宵月は家を出て、右に曲がりずっと真っ直ぐ進んだ。数十メートル歩いたところに友達の家があった。この日は最新の仮想世界がインストールされているゲームで遊ぶために、友達数人でこの家に集まった。宵月は早速そのゲームに入った。
身体とリンクして感じる。だけど、現実世界では出来ない動きが体験できる。
「すっげーな」
宵月は興奮気味に言った。友人も皆興奮していた。すると、宵月の電子コンタクトに異常報告が映った。
宵月はゲームに集中したいためその異常報告を無視した。
仮想ゲーム内で新しいスポーツゲームを始めた。今までの仮想ゲームのスポーツとはまた違う新しく発売されたスポーツゲームだ。
もちろん、仮想ゲームではロールプレイングゲームからシミュレーションゲームまで多様に渡って発売されていた。いつも家でやっているのはロールプレイングゲームだ。
自分が主人公になって冒険する。友達と協力して敵をやっつける。または、友達と対戦してどちらがより強いか競う。そんなことを仮想の世界で体験する。
中でもスポーツゲームは大勢でやるとより白熱する。敵味方に分かれ、仮想ゲームの世界での運動能力を競い合わせる。宵月は今回集まった中で、群を抜いて運動能力が高かった。
仮想世界で言う運動能力とは集中力に近い。集中して自分の意志と仮想ゲームのキャラクターの動きの誤差が減れば、運動能力は高まる。
そう言った点からも宵月は集中力があり、頭も良かった。仮想ゲームの世界でランクが上の人は大抵、科学に通じ、頭が良い人が多かった。
「やっぱり宵ちゃんのいるチームが勝っちゃうなー」
友人の一人が言った。それを聞いた宵月は鼻を高くして言った。
「やっぱり俺って凄くねー?」
友人の一人が更に持ち上げた。
「凄ぇよ。あっという間に勝っちゃったし」
宵月はししっと笑った。無口な友人が口を開いた。
「こんなのゲームじゃんか。ゲームでいくら強くても現実がなー」
宵月はむっとして言い返した。
「だったら、ゲームで俺に勝ってみろよ?」
友人は仲裁に入った。
「二人ともやめようぜ。せっかく楽しかったのに」
「あー、もうやめだやめだ」
宵月は堪え切れず仮想ゲームから現実に戻った。
友人たちも続々と現実に戻ってきた。
「宵ちゃん、そんな怒んなよ」
「別に。そいつが謝んねー限り、俺も謝んねーからな」
宵月は部屋を出ていった。
家への帰り道、宵月は独り言を呟いていた。
「みんな俺のこと凄ぇって言うのに、あいつ。なんなんだよ」
道に転がる石を蹴り飛ばした。
「あー、むかつく」
すると、後ろから友人の一人が走ってきた。
「宵ちゃん。謝んないとまずいって」
宵月はぶすっとした面で言った。
「なんでだよ。あいつが俺に謝るんだろ?」
「みんな、宵ちゃんを誘うのやめようって言い出したんだよ。謝った方が良いって」
宵月は少し考えた。
「俺はぜってー謝んねーからな」
「宵ちゃんってばー」
宵月は走って家に帰った。まだまだ日暮れには時間があった。家の玄関を開け、リビングに向かった。蓮は帰ってきていなかった。父も母も今朝家を出て以来帰ってきていない。
でも、何かが変だった。
その不自然さが妙に胸に残った。父も母もいない。姉もいない。そんなリビングを見回した。
ふと庭先が窓から見えた。いつも庭いじりをしているおじいちゃんがいなかった。宵月は庭に出ていった。宵月はおじいちゃんを探した。
「じーちゃん。どこにいるんだよ。じーちゃん」
庭からおじいちゃんの自室に戻る場所でおじいちゃんが倒れていた。おじいちゃんは腕に付けていた緊急用ボタンを押していた。
自分の身に何かあったら家族の電子コンタクトに繋がるようにしてあった。蓮の携帯だけリンクしていないので宵月と父と母だけのものだった。
宵月は慌てて、蓮に電話をした。
「も、もしもし? 姉ちゃん? い……今帰ってきたら……、じーちゃんが倒れてて」
「え…」
イヤホンの向こう側で、カタンと何かが落ちる音がした。
「ね、姉ちゃん、どうしよう……? じ、じーちゃんが……」
「ごめん。それで、おじいちゃんは今どういう状態なの?」
「全然動かねーんだ。息もしてねーし」
「バカ! 早く救急車呼びなさい! お父さんとお母さんは?」
「す、すぐ帰ってくると思う。お、俺、どうしたら……」
「だから早く救急車呼びなさい。あたしにはその後メールで病院の名前を送って。お父さんとお母さんにも」
「わわ、わかった……」
電話を切り宵月は急いで病院に連絡をした。数分後、父と母が帰ってきた。宵月は不安と恐怖で何も出来なかった。その更に数分後、救急車が到着した。
父と母と一緒に病院まで向かった。救急車の中で心音を取っている。
おじいちゃんの心臓は動いてなかった。一向に反応を示さない。宵月はその光景に吐き気を感じた。
「じーちゃん。起きてくれよ。今朝言ってた話だって……、まだ友達に謝ってないんだ。ちゃんと謝るから……、だから起きてくれよ」
おじいちゃんの心臓のメーターは動くことはなかった。
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