第24話 着信

 零の家はマンションの一室だった。厳重なセキュリティが幾重にも張られていた。鍵、カードキー、指紋、掌紋、最終的には網膜認証まであった。零の部屋は十五階にあった。エレベーターで昇っていく。

「ねえ、なんでこんなに厳重なの?」

「結構高いマンションらしいからね。僕にもよくわからないんだ」

「そうなんだ」

 高いマンションだとこんなにも厳重なセキュリティがあるんだろうか。零のお父さんも科学者だからとかかな。とにかく、わからないことは考えてもわからない。それだけは、変わらなかった。

 零に誘われるまま十五階まで昇り、零の住んでいる部屋に着いた。ロックを解きドアを開ける。

「お邪魔します」

 挨拶は静かな廊下に響いた。

「今日は誰もいないから。ごめんね」

「そうなんだ。先に言ってよ」

 あたしは、零の肩を軽く叩いた。

「前から言ってたじゃないか」

 零は廊下を歩き自分の部屋へと案内した。ドアの前に立ち、部屋へと招き入れるところだった。

「ここが零の部屋?」

「うん。本当に何もないからね」

 ドアを開け、入ってみると、随分と殺風景な部屋だった。

 棚もなく、テレビもない。ベッドと机があるだけだった。

 後あるのは、携帯の充電器くらいだった。この十畳はあるだろう部屋に他のものは存在しなかった。

「何もないね」

「だから何もないって言ったんだよ」

「こんな部屋でどうやって生活するの?」

「生活するだけなら問題ないよ」

 あたしは、うーん、と考え込んでしまった。

「零って本当に機械系じゃないんだね」

「それって、褒め言葉?」

 あたしは零の部屋を眺めた。急いで片付けた形跡はどこにもない。きっと普段からこの部屋なんだろう。ずっとこの部屋で生活しているんだろう。

 でも、この部屋は眠ること以外することがほとんどない。机があっても何が置いてあるわけでもなかった。ただ、机がそこにあった。あたしはそこに自分の携帯を置いた。

「とりあえず、何か飲む?」

「うん」

 あたしは頷いた。

「何飲みたい?」

「うーん、お任せで」

 快活な声で答えた。

「わかった」

 零は部屋を出ていった。あたしは部屋をもう一度眺めた。本当に何もない。きょろきょろと見回した後、ベッドの下を覗き込んだ。何もなかった。

「こら。何を探してるんだよ」

 零が紅茶とカップを持ってドアの前に立っていた。あたしは笑いながら誤魔化して言った。

「へへ、なんかないかなー、って思って。でも、なんにもなかった。つまんないのー」

 零は乱暴に座り、紅茶をゆっくりと注いでいった。

「何もないよ。僕の部屋にはベッドとテーブルしかないんだ。他のものは必要ない」

「こんなに広いのに? なんかもったいないね。あたしだったらインテリアに凝った部屋にしそうだけどなー」

「僕はそういうの興味ないから」

 零はまだ怒っているようだった。

「あ、でも、絵ってどうしてるの?」

 零は紅茶を注ぎ終えて、あたしの前に差し出した。

「絵?」

「うん。学校で描いたやつ。持って帰ってるんでしょ?」

「あー、うん、一応」

 零は自分の前にも紅茶を置いた。

「だよね。だって学校にもないんだもん」

「そうだね。持って帰ってるよ」

「後で見たいな」

 零は戸惑った様子を見せた。

「それはちょっと…」

「えー、なんで?」

「こないだ片付けちゃって、どこにあるかわからないんだ」

 あたしは口を尖らせた。

「見たかったなー」

「また今度ね」

 零は会話を切り上げ、紅茶を飲み始めた。あたしも零に続いて紅茶を飲んだ。なんの紅茶かはわからないけど、美味しかった。

 あたしは零の部屋で寝転んだ。十畳もある上にベッドと机しかないからか、寝転んでもスペースがかなり余っていた。零もあたしの隣に寝転んだ。あたし達は手を繋いだ。この瞬間が永遠になれば良いのに。この瞬間だけを切り取れれば良いのに。そんなことに思い馳せていた。

 机の上に置いてあった携帯が震えた。自宅からだった。あたしは電話に出た。

「も、もしもし? 姉ちゃん? い……今帰ってきたら……」

「え…」

 聞こえてきた言葉にあたしは携帯を落とした。

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