第18話 出会い
ゆっくり過ぎていく。
茫漠とした時間の中を漂っている。膝を丸めて座り込んでいた。
本当にこれは現実なのかな。
現実だとしたら夢と現実の境はどこにあるんだろう。
それとも本当に夢を見ていたのかな。
君が今にでも消えてしまいそうだ。
目の前で笑っているその顔が黒く塗りつぶされていく。
漆黒の闇の中を手探りで探す。
一筋の光が見えたかと思うと、それは希望なんかではなく車のヘッドライトと街灯だった。
夜を照らす光はそんな人間の作り出した偽物の光だった。
君に会いたい。
ついさっきまで会っていたのにそう感じた。
現実でも夢でも良い。
僕は光が見たい。
僕に光は見えているのかな。
朝は何度もやってくる。季節はどんどん冬に巻き込まれていく。そういえば最近肌寒くなってきた。
風景も紅葉が枯れ木に変わっていく。こうやって季節は移ろい変化していくんだろう。今日は晴天だ。
リビングに行くと、誰もいない。
宵月はまだ起きてないとして、おじいちゃんは庭で家庭菜園を楽しんでいるんだろう。お父さんとお母さんはもう出掛けた後のようだった。
キッチンには朝食が用意されていた。お母さんが作っていったものだ。お父さんは多分帰ってきていない。昨日も帰ってこなかったし、今日もいなかった。多分、会社に泊まりこみで仕事をしているんだろう。
あたしはキッチンの食事をリビングに持ってきて、朝食を取った。一人で朝食を取りながらテレビを見ていたら、宵月が起きてきた。
「今日は晴れるってよ」
「うん、テレビで言ってた」
「俺は、さっきから見てきた」
「ああ、電子コンタクトね」
宵月はキッチンから朝食を運びながら言った。
「姉ちゃん、なんでコンタクト嫌なん?便利だぜ」
あたしはきっぱりと言った。
「便利さにかまけるのが嫌なの。それに実物を見ないで生活するのも嫌」
「へー、俺にはよくわかんねーや」
口に箸を銜えながらもごもごと喋った。
「別にわかってもらおうとは思ってないから」
「冷てーな」
あたしは食事を終え、食器を流しに戻した。自動で洗ってくれる。確かに便利だけど、こんなことばっかりじゃ、人は何も出来なくなっちゃうんじゃないかな。
あたしは部屋に戻り着替えた。白のカーディガンの上に紺のブレザーを着た。スカートを履きかばんを持って家を出た。
駅まで歩く。すっかり冬になってきた。風が吹くたびにスカートがはためく。
ここ一週間で気温が下がった。緩やかに下がっていったわけではなく、一気に下がっていった。先週と比べると数度違いがある。数度の違いは結構大きいんだなと思った。今日もまた通学や通勤で満員の電車に乗り込んだ。
数駅その電車内に耐え、学校の最寄り駅で降りた。学校への並木道はすっかりモミジが枯れてしまっている。赤く燃えていた木はもうない。
考えてみれば零と出会って半年以上経っていた。
入学して間もないころ、あたしはひとりぼっちだった。
誰と話すこともなく、居場所を探していた。ふとおじいちゃんに聞かされていた音楽をやってみたくて、音楽室に向かった。だけど音楽室はロックが掛かっていて開かなかった。
仕方がなく今度は美術室に向かった。これもおじいちゃんにきかされていたからだ。美術室はロックが掛かってなかった。
ドアを開くとそこには零がいた。
零は今よりも表情が冷たく、投げ掛けられた言葉も冷たかった。
「誰?」
「あたし…、一年三組の佐々木…です」
零は驚いたような表情をしてた。だけど、その表情をすぐに元の冷静な表情に戻した。
「僕は一年三組の本村零」
おまけに愛想も悪かった。にこりともしない表情に内心びくびくしていた。
「零君って、同じクラスなんだね。美術に興味があるの?」
「佐々木さんって、佐々木蓮?」
やっとあたしに興味を示してくれた気がした。
「あ、うん、そうだよ。知ってた?」
「うん。同じクラスだしね」
会話が続かない。零は少し考えてから言った。
「佐々木さんも美術が好きなの?」
「美術っていうより、芸術が好きなんだ。でもこの教室って、勝手に使って良いのかな」
零は淡々と話した。感情の抑揚を感じさせない喋り方だった。
「使っても大丈夫だよ。許可は取ってある」
「あたしも来ても良いかな?」
「良いよ。佐々木さんの許可も取っておくよ」
あたしに関心がないのか、少しは関心があるのか、わからなかった。その瞳にはあたしは映ってないように見えた。
「じゃあ、明日から来るね」
これが、あたしと零の始まりだった。
靴を履き替える彼女の姿が見えた。声を掛けようとしたら、耳鳴りがした。
いつもこうだ。その場に少し留まり、治まるのを待つ。
頭が割れるようだ。
治まれ。治まれ。
静かに、じっと、時が経つのを待った。
やがて、頭に響く音は消え、さっきまでのことなど何もなかったかのように、正常に戻った。二、三日に一度はこうなる。
そうなると、自分でもコントロールを失ってしまいそうになる。今日もなんとか耐えられた。
昇降口に彼女の姿はもうなかった。
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