第17話 口下手

 午後六時。時間はあっという間に流れてしまった。

 あの後、店内を二人で手を繋いで歩き回った。面白そうな場所にはどこへでも入ってみて、その度二人で笑い合った。

 そんなことを繰り返しているうちに、日はすっかり暮れてしまった。

 一緒に電車に乗り、あたしの降車駅で二人で降りた。

「送ってくよ」

 零はそう言って手を差し出した。あたしはその手を取って、横に並んだ。

「今日は楽しかったね」

「そうだね。蓮の私服も見れたし」

「零の私服も見れたしね」

 あたし達はぴったりと合ってる気がした。

 家の前に着くと、零は近付いてきた。あたしは思わず身構えてしまった。零は耳元で囁いた。

「後で電話待ってるね」

 そう言って零は帰っていった。あたしはなんだか拍子抜けしてしまった。自分だけがこんなに意識してるんだと思うと、恥ずかしくもなった。あたしは家のドアを開けた。

 家の中に入ると、リビングで宵月が夕食の前のおやつを食べていた。

「ただいま」

 チョコを食べながら宵月は答えた。

「おかえりー」

「こんな時間にお菓子なんか食べてると夕飯入らなくなるよ」

「平気平気。夕飯の分は空けてるから」

「じゃなかったら太るよ」

「それも大丈夫。俺太らない体質だから」

「あ、そ」

 妬まれるような発言をあっさりと言うもんだなぁ、と少し呆れた。

 キッチンからは料理をしている音がする。お母さんが帰ってきてるのかな?

「お母さん帰ってきてるの?」

「ああ、おふくろも親父も帰ってきてるぜ」

「お父さんも?」

「珍しいよな。なんか久しぶりに帰ってきたと思ったら、部屋に篭ったまま出てこねぇの。なんか忙しいんじゃねーかな。あーあ、嫌だなー、親父と飯食うの」

 あたしは部屋に戻って服を着替えた。そのまま、携帯電話を取り出して、電話を掛けた。

「もしもし」

「ああ、ちょっと待ってて」

 電話越しの零はなにやらごそごそと音を立てている。

「良いよ」

「どうしたの?」

「今帰ってきたところなんだ。それで靴を脱いでた」

 さっき別れたばかりで家に着くまでの時間なんて計算してなかった。うっかり、いつもと同じように部屋に入ってすぐに電話を掛けてしまった。

「あ、ごめん。時間とか考えないで掛けちゃった」

 零の笑い声が聞こえた。

「別に大丈夫だよ」

「今日はお父さん帰ってきてないの?」

「うん。今日はいないね。多分仕事じゃないかな。蓮の方は?」

「うちはお母さんもお父さんも帰ってきてるよ。でもお父さんは忙しそう」

 零は単刀直入に聞いてきた。

「そっか。蓮とお父さんって仲良かったっけ?」

「あたし、両親共あんまり好きじゃないんだ。特にお父さんは苦手で。あたしに科学者になってほしいみたい。反発するあたしには優しくないんだ。きっとあたしのこと嫌いなんだと思う」

 零は黙って聞いてくれていた。そして、ふっと思い出すように言葉を出した。

「自分の子どもが嫌いな親なんていない、なんて夢物語かもしれないけど、蓮みたいな子が育つ家庭なら、きっと蓮のことを嫌ってなんかいないよ。その証拠に蓮は真っ直ぐに育ってるからね」

 あたしは蓮の話を黙って聞いていた。蓮の言葉はどこか温かい。

「ありがとう」

「あんまり悩んじゃダメだよ。蓮は抱え込んじゃうから」

「うん、そうだね。でも零もあたしに頼っても良いからね」

 あたしは胸を張るように言った。零は電話越しに笑った。

「ありがとう。じゃあ、そろそろ切るね」

「うん。おやすみ」

 通話が切れた。携帯が熱くなっている。そろそろ新しいのに替えないとダメかな。

 リビングからお母さんの声が聞こえた。

「ご飯出来たわよー」

 あたしは部屋を出てリビングに向かった。

 食卓を囲むと少しの緊張感が漂った。いつもと少し違う空気がした。

 お父さんはただそこにいるだけで威圧感があった。でもそれは必ずしも悪いものじゃない。威厳とか、そういう問題ではうちはクリアしているだろう。でも、お父さんのはそれだけじゃなかった。

 宵月も萎縮している。さっきまではあんなに傍若無人な態度だったのに、ほとんど喋らない。まさにいるだけで周りを威圧している、と言える。

 黙ったまま食事が進んだ。おじいちゃんはお父さんのこの空気感をどう感じ取っているんだろう。あたしがそんなことを考えていたら、お父さんは食事を食べ終えてしまった。そのまま席を立ち部屋へと戻っていった。

「あー、苦しかった」

 宵月はそう言って息を漏らした。

「親父ってなんであーなんだろうな」

「お父さんだって色々思うことがあるのよ」

 お母さんがお父さんを弁護した。

「でもさー、あんな黙り込んでる必要もなくないか? 会社でもああなんかな?」

 お母さんはふふっと笑って言った。

「口下手なのよ」

 あたしはお母さんと宵月の会話を聞いていた。おじいちゃんも黙って聞いていた。

 食事が終わると、各自部屋でくつろぐ。あたしも部屋に戻った。ベッドに寝転がり、今日のことを思い出した。零との一日を頭に浮かべた。今日は手を繋げた。それだけで、幸せな気持ちになり、眠りに入った。

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