第10話 本部長と主任-2
田川主任はロビーでブラックコーヒーを飲んでいた。
先日からのデスクワークで腰を少し痛めていた。腰をさすりながら、電子パネルに浮かぶ子どもの写真を眺めていた。田川主任の息子の写真だ。
「やはり、子どもに会いたいだろう」
本部長が後ろから声を掛けた。田川主任は身体を跳ねさせた。
「そうですね。でも、この子がいるから、この仕事も頑張れている気がします」
本部長は自販機でコーヒーを買った。ガコンと音が鳴る。糖分の入ったコーヒーだ。
「本部長はブラックじゃないんですね」
「ああ、糖分が入っていないと疲れが取れないんだ」
「この仕事はハードですもんね」
本部長は腰をさする田川主任に訊いた。
「腰が痛いのか?」
田川主任は遠慮がちに答えた。心配を掛けまいという、心遣いを感じさせた。
「いえ、大丈夫です」
「悪いな。そんなになるまで、仕事をさせて」
本部長は、自分を責めた。恐縮した田川主任は両手を胸の前で振った。
「いえ、本部長のせいでは…。上から早くと言われている状況では仕方ありません」
本部長は肩に溜まった息を吐き、コーヒーを見つめた。コーヒーはみるみる温度を失っていく。体温と変わらないまで温度が下がってしまった。
「俺も年を取ったもんだな」
「え?」
「上からの指示に従ってばかりで…。昔の俺はもっと正義感に燃えていた気がする。だが、もうそれも思い出せないくらいになってしまった」
田川主任は言葉が出て来なかった。何を言っても余計な言葉になってしまう気がしたからだ。田川主任が黙っていると、本部長は話し始めた。
「俺もそろそろ、子どもに会いたいよ。こんな仕事さっさと終わらせたいな」
「僕も精一杯頑張ります」
田川主任は上司に敬礼をする警察官のように、ピシッと背筋を伸ばして答えた。本部長はフッと笑った。
「無理のないようにな」
「はい」
主任と本部長は室内に戻っていった。
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